ニコ・ウォーカー著、黒原敏行訳
うだつの上がらない大学生だった「俺」はなぜか兵役についてイラクに行き、凄惨な体験をする。なんとか帰国するもののPTSDを抱え、どんどんドラッグにはまっていく。
著者が刑務所の中で本作を書いたということでも話題になったが、何より文体のグルーヴ感がいい。グルーヴ感といってもテンション上がる系のグルーヴではなくダイナー系。だらだらぐだぐだした流れに身を任せると「俺」の人生よろしくどんどん泥沼にはまっていきそうだ。決してお上品な口語ではない「俺」や恋人のエミリー、友人たちのくだけた(くだけすぎた)口調の訳し方は、翻訳文学ではあまり目にしないタイプのものだった。小説内の口語って実際に話し言葉よりも大分整えられているんだなと妙なところで感心してしまった。
そもそも「俺」は経済的にひっ迫しているわけでもないし、愛国心に燃えているわけでもないし、何らかの政治的な意図があるわけでもないのになぜ軍に入隊し、最悪のタイミングでイラクに行ってしまったのか。彼の動機が見えない、というよりも動機らしい動機がないところがコメディのようでもありどこか薄気味悪くもある。「俺」は悪人ではないがクズ、バカではないが色々足りてないというしょうもない人なのだが、彼が放り込まれた戦地での状況との乖離が激しくて、段々笑えなくなってくるのだ。「俺」の周りには同じような人間ばかり集まっているので、しょうもなさが膨れ上がっていく。そして、とにもかくにもドラッグは絶対だめだなとしみじみ感じさせる作品でもある。冒頭で結構とんでもないことになっているのだが、そこに至るまでの経緯があまりにしょうもない。少なくともドラッグやってなかったらここまでドツボにはまってないのでは。