大手企業に勤める夫と共に、ネバダ州の企業城下町に住んでいたファーン(フランシス・マクドーマンド)。しかし企業倒産と共に町は廃れる。亡き夫の思い出があるために町を離れられなかったファーンも、とうとう家を手放し町を去る。彼女は車上生活者として季節労働で日銭を稼ぎつつ、各地を転々とする。監督・脚本はクロエ・ジャオ。
 ファーンが旅していくアメリカの風景は雄大で美しい。時に荒々しいが、この風景の中をずっとたびしていたくなるのもわかる。旅を続けるファーンの生活は、広大な自然の美しさと相まって、土地や人間関係のしがらみから解き放たれた自由で素敵なものに見える。ただ、その自由さ・美しさは非常に足元が危ういものだ。流浪の生活が一見楽しそうに見える度、そのリスクも提示される。駐車場確保の意外な難しさや安定した仕事に就けないこと、社会保障を受けられないこと、突然病気になった時の不安等、単純な不便さ以外の問題は色々と垣間見える。
 そもそも、車上生活者の全てが積極的にそれを選択したというわけではない。定住がどうしても性に合わず旅の生活を愛している人もいるが、経済的に家を維持できなくなって止む無く車上生活を選んだという人も少なくない。高齢の車上生活者が目立ったのもそういう理由が大きいだろう。フォーンも元々愛着のある土地を離れたくなかったが経済的な限界で旅立ったわけだし、姉の「ノマドは開拓民精神」という言葉にかちんとくるのも当然だろう。フォーンは旅が性に合ってはいるが、そのリスクを全て是としているわけではないのだ。経済的に追い詰められた時、何か公的な援助を頼ることができれば、彼女は別の判断をしたかもしれないのだ。フォーンと他の車上生活者やバックパッカーらは、お互い結構こまめに声を掛け合う。人づきあいが煩わしいという人たちが多いではと思っていたので意外だったが、お互いの小さい助け合いや物資・知識のシェアが彼らのセイフティネットになっているのだろう(ノマドたちの集会で、具体的な車両改造や排泄物処理のレクチャーをやっているのが印象に残った)。資本主義の波や公的な援助からこぼれおちたら、人と人との小さい助け合いに頼っていくしかないのか。
 しかし、そんなフォーンたちにとって、資本主義の権化のようなAmazonでの労働が命綱になっているのは皮肉だ。駐車場まで借り上げているということは、相当数の車上生活者が集まっているということだろう。資本主義サイクルの救いのなさを垣間見た気がする。

ノマド 漂流する高齢労働者たち
ジェシカ ブルーダー
春秋社
2020-11-10


NHKスペシャル ルポ 車上生活 駐車場の片隅で
NHKスペシャル取材班
宝島社
2020-08-26