平野恵理子著
 母を亡くした後、実家の片付けに手がつかず、一時避難のつもりで猫を連れ、八ヶ岳の山荘に移り住んだ著者。2年余りがたつが離れがたく、山での暮らしが定着していく。四季の美しさと山の家での生活を綴ったエッセイ。イラストレーターである著者による挿絵も美しい。
 私は八ヶ岳方面が好きで毎年ドライブに行く(紅葉の時期は必ず行きたい)のだが、その風景や空気の感触が懐かしくなるエッセイだった。著者の住まいは両親が若いころに買った山荘で、近年まで給湯器がなかったという古さ。越冬することになってからようやく工事したとか。冬は当然水道管の凍結に四苦八苦するが、コンタクトレンズの保存液まで凍るとは、室内の寒さは相当なのではないか。山での暮らしは寒さや虫、はびこる野草といった不便さも多々あるが、やはり楽しいのだろう。いわゆる「優雅な高原の別荘」では全くない、家や庭の手入れをしたり鳥や植物の観察をしたりという、一人の生活の喜びが綴られている。作中、メイ・サートンの著作に思いをはせ「「孤独」ではなく「独立孤」のニュアンスを感じさせる言葉があると、よりサートンの気持ちを正確に表せるのではないか。」という一文があるのだが、確かにそうだなと思った。また山での生活を「日常を暮らしながらも、機が熟すのを待っているのです。モラトリアムですね」という一文には、大人でもしんどい時はモラトリアムに入ってもいいのかもなとちょっとほっとする(ただ、元々都会住まいの人にとってはモラトリアムになるということなわけだけど…)。
 山に暮らすきっかけになった母の死についての文章が刺さった。いつかはこういう痛切な寂しさに直面する日が来るのか。その訪れを具体的に想像できる年齢に自分がなった、年を取ったんだなとも思う。

五十八歳、山の家で猫と暮らす
平野 恵理子
亜紀書房
2020-03-27


散歩の気分で山歩き
平野 恵理子
山と溪谷社
1996-11T