チベットの草原で、羊の放牧をして暮らすドルカル(ソナム・ワンモ)とタルギェ(ジンバ)。3人の息子と子供たちの祖父も一緒だ。尼になったドルカルの妹シャンチュ・ドルマ(ヤンシクツォ)も帰省していた。近代化により一人っ子政策がチベットにも押し寄せる中、ドルカルの妊娠が発覚する。タルギェらは喜ぶが、ドルカルは思い悩む。監督・脚本はペマ・ツェテン。
 だだっ広い風景が美しい。馬の代わりにバイクで移動しテレビや携帯電話も普通にあるなど、伝統的な生活が変化している一面が見られる一方で、信仰を重んじ輪廻転生を信じるという、伝統的な価値観も依然として続いている。一人っ子政策の影響で数は不十分とはいえ避妊具が配られていたり、女性医師が避妊手術を促したりするといった時代の変化も見られる。男性医師が女性の問題なので女医に相談したいというドルカルに「世界は変わったのに君たちは変わらない」というが、これは男性医師側の意識があまり変わっておらずドルカルの悩みに親身になれないから、女性医師に相談したいという状況なのではと思った。変わっていないのはチベットの人達だけではないだろう。
 転生という概念が日常生活にすっと入ってくるというシチュエーションはなかなか新鮮なのだが、チベットの人達の間ではこれが普通ということなのだろう。とすると、ドルカルの葛藤もまた普通のものとしてあるだろうということだ。子供を産むことは経済的な負担が増え家族の生活が更にひっ迫することでもあり、出産・育児を担う女性の健康負担が更に増えることでもあるのだ。死んだ家族の転生かもしれないからと出産を促されるのは、精神的にかなりきついだろう。信仰と生活の間の葛藤であると同時に、共同体の価値観と個人との間の葛藤でもある。病院に長男を連れて説得に来るタルギェの行動は、ドルカルを追い詰めるかなり卑怯なものだと思う。ドルカルは伝統的な生活の中で生きていると同時に、現代の文化の中でも生きている。女性の身体の問題も家庭の経済問題も差し迫った現実なのだが、タルギェにはいまひとつそれが実感できていないように見えた。
 ドルカルとシャンチュ・ドルマは価値観は結構違うし、衝突もする。しかし最終的には姉妹で寄り添いあう様に、家父長制社会とは別の道が(細くだが)垣間見られた。飛んでいく赤い風船には彼女たちの未来を託したくなる。

風船 ペマ・ツェテン作品集
ペマ・ツェテン
春陽堂書店
2021-02-12


月と金のシャングリラ 1
蔵西
イースト・プレス
2020-04-17