キム・チョヨブ著、カン・バンファ ユン・ジヨン訳
 討ち捨てられた宇宙ステーションで宇宙船を待ち続ける老人(「わたしたちが光の速さで進めないなら」)、成人の儀式で旅に出た子供たちのうち、何人かはいつも帰ってこなかった(「巡礼者たちはなぜ帰らない」)、遭難した惑星で異星人に遭遇した祖母の体験(「スペクトラム」)。最先端かつどこか懐かしい韓国発のSF短編集。
 身近さを感じる、ちょっと先の未来という感じの作品集。表題作は題名がまず良いのだが、人から様々なものが失われていく中で、もう共有するものがないとしてもどうしてもそこへ向かうのだという意志だけが残っていく様が寂しくも、力強い。共有するものをなくしてしまったのは自分たちの叡智の積み重ねの副産物でもあるのだが。より科学技術が発達し、高度に洗練され合理化される過程で取りこぼされるもの、取り残されていく存在がいることを見せていく。文明の発展は果たして人類を幸せにするのか?というSFのセオリー的な問いかけ、人間の限界を感じされる問いかけがなされていくのだ。 ザ・SF感のある「巡礼者たちはなぜ帰らない」は、人間は自分と異なるものを異なると認識しつつ差別しないことは可能なのか、差異を無くせば分断はなくなるのか、より人間的になると言えるのかという普遍的なテーマ。その一方で、人類と未知のものとの交錯の可能性を描いた「スペクトラム」や「共生仮説」のような作品も。特に「スペクトラム」は、異なるものへの礼節を感じさせ美しい。また「わたしのスペースヒーローについて」は人類のその先に行くやり方、選び方が清々しかった。ジェギョンがやったことで実は違う道をいくガユンの行く先も開けているのだ。

わたしたちが光の速さで進めないなら
キム チョヨプ
早川書房
2020-12-03