石原剛編著
 航空大国アメリカ。大統領専用機エア・フォース・ワンが象徴するようにアメリカの航空・飛行に関わる文化的営為は、他の国と比較しても存在感がある。文学はその中で航空・飛行にどのような影響を受け、表現してきたのか。古典から現代文学まで10の論文から構成された、アメリカ文学の中に見られる航空文化のあり方。
 本著の序章で言及されて初めて意識したが、確かにアメリカの映画にしろ小説にしろ「飛行機で移動する」ないしは「飛行機を操縦する」ことが行為そのものプラスアルファの意味をはらむことが多いように思う。物理的に飛行機での移動が多い、産業として航空産業の存在感が大きいという経済活動に由来する部分も大きいのだろうが、空を飛ぶことへの憧れ、空という空間そのものに感じるロマンが他国と比較して強めなのかもしれない。飛行士個人がスター視されていた文化もそういう文化に根差したものだったのか。本著では気球の時代から「パンナム」が空を制し(のちに倒産するが)航空機大国になるまで、文学がどのように航空をとらえてきたかを央。アメリカ以外でもサン=テグジュペリについての章もあるのだが、英訳の『人間の大地』は題名も内容も原典とは一部異なる別バージョン(翻訳者と出版社の判断による)だったことは初めて知った。それはありなのか?という疑問はあるが、アメリカの読者が飛行機、飛行士が登場する文学に何を求めるか、という部分がわかるエピソードだと思う。サン=テグジュペリが意図したのは飛行機や飛行士そのものというよりそれに象徴される人間のあり方、哲学的なものだったが、アメリカの読者に求められたのはルポルタージュ的なものだったという。
 またアン・モロウ・リンドバーグの著作について言及された章もある。女性飛行士、かつ有名飛行士の妻である彼女に対する世間の目、評価は現代の「女性〇〇」「美人すぎる〇〇」と同じものであった(来日時のエピソードがあるのだが、日本かなりイタいな…)。今が当時とあまり変わっていないことにかなりがっかりするが、彼女の著作が今まで女性から愛読され続けてきた理由が垣間見えた。

空とアメリカ文学
石原 剛 編著
彩流社
2019-09-17


アメリカ文学史―駆動する物語の時空間
巽 孝之
慶應義塾大学出版会
2003-01-01