ひとりきりの生活を長らく続けている31歳の黒田みつ子(のん)。脳内の相談役「A」と会話することで心の平和を保ち、週末の一人レジャーも板についている。ある日、みつ子は取引先の若手社員・多田(林遣都)に恋心を抱き、晩御飯のおかずを分け合う仲になるが、次の一歩を踏み出せずにいた。原作は綿矢りさの小説。監督・脚本は大九明子。
 みつ子と「A」との会話は声に出していたらちょっとヤバい人だろうけど、やっていること自体はそんなに突飛というわけでもないだろう。誰しも、多かれ少なかれ自分内での討論みたいなものはやっているのでは。はたから見ていたら、みつ子は多分そんなに変わった人ではない、ごく普通なように見えるだろうし、実際わりとちゃんと生活している。ただ、そのごく普通さ、ちゃんとした生活を維持するために押さえ込んでいるもの、主にマイナス感情なものが多々ある。温泉でのエピソードは唐突にも見えるだろうが、普段押さえているものを象徴するような事態が目の前で起きて自分の中身を「くいとめ」られなくなりそうということだろう。対芸人だからとかではなく、会社の中であってもご近所づきあいレベルであっても、女性が世の中でただ生きているだけでもさらされる「嫌なこと」が象徴されていた。「A」が現れなくなった歯科医とのひと悶着もこれと同種の出来事だ。そして、衝動をくいとめてしまう自分自身に嫌悪感が抱くという堂々巡りがまた辛い。
 コミカルな描き方ではあるが、みつ子の苦しさは笑えない。辛さを一人で処理していると、どんどん自家中毒みたいになっていくのだ。ローマにいる間は「A」が出てこないのは、親友と一緒にいるからだろう。何が辛いということを具体的に言わなくても、そこに呼応してくれる人がいれば、Aがいなくても食い止められる。ラストのみつ子の言葉、やっとそれを投げられる相手がきたのだとちょっとほっとした。

私をくいとめて (朝日文庫)
綿矢 りさ
朝日新聞出版
2020-02-28


勝手にふるえてろ
片桐はいり
2018-05-06