厚久(仲野太賀)、武田(若葉竜也)、奈津美(大島優子)は幼馴染。やがて厚久と奈津美は結婚し、娘が5歳になった。しかしある日、厚久が帰宅すると奈津美が見知らぬ男とセックスしており、3人の関係は急激に変わり始める。監督・脚本・プロデューサーは石井裕也。
 3人の男女の数年間を描いたドラマだが、途中途中で「その半年後」というふうに時間が飛ぶ。彼らの人生は断片的な見え方で、3人のこれまでに何があったのかということは会話の端々から伺える程度だ。その断片が段々繋がってくる。一方で、3人の関係性については冒頭からわかりやすい。厚久と武田は一緒に外国語教室に通い、未だに一緒に何かを目指す(といっても具体的なビジョンがあるわけでもなさそうだが)仲で、10代の頃の関係がそのまま続いているような間柄。対して厚久と奈津美の間には、10代の頃のような気安さは逆に薄れており、微妙なずれがある。そしてそのずれに奈津美は自覚的だが、厚久はぴんときていない。
 序盤、厚久と奈津美の家で武田も交えて酒を飲むシーンで、その気配は既に漂っている。厚久の実家に墓参りに行くエピソードでも、奈津美が一方的に話しており、厚久は彼女の話をあまり聞いていない様子だった。厚久と娘の「犬」を巡るやりとりからも、彼が相手の話をちゃんと聞いていない、どこかちぐはぐな様子が垣間見えた。厚久が相手に向き合うのは、取返しがつかない状態になってからなのだ。それが彼らの関係の非常に辛いところだ。あの時勇気を出していれば、言葉にしていればということの積み重ねなのだ。「英語なら言えるのに」という言葉が後々まで響いてくる。
 一方、厚久と武田の付き合いは言葉が少なくても噛み合っているように見えるし、厚久は武田に対しては率直にふるまえる。相手への親身になった態度や言葉、いたわりはこの2人の間では可視化されている。終盤の武田の献身、とでもいえばいいのか、思いやりにはぐっときた。厚久と奈津美の関係の拗れ方とは対称的で面白い。

映画演出・個人的研究課題
石井 裕也
朝日新聞出版
2020-09-18