宙づりになった人形を剣で突く男、ミルクの入った水差しを運ぶ女と、机から落下する水差し。階段の暗がりには何かが潜んでいる気配があり、図書館では司書たちが資料探しに奔走する。様々なイメージが美しく怪しい光景に構成されていく。1982年製作、監督はパトリック・ボカノウスキー。
 公開された当時は『アンダルシアの犬』の再来、全く新しいアヴァンギャルド映画として評判になったそうだ。当時としては相当実験的な作品だったのだろうが、今見るとむしろ、実験性よりも強烈な美意識に貫かれた作品であるように思った。ショットの一つ一つが独立した絵として成立しそうな完成度で強烈だ。監督のパートナーで現代音楽家であるミシェール・ボカノウスキーによる音楽も、この映像には正にこの音楽でないと、というハマり方だった。音楽が映像の神秘性を高めている。
 映画はコマの連続で構成されているというフィルムの性質を強く意識させる作品だった。コマとコマの連続の仕方、コマからコマへの移動のスピードが変わると光景が変わる。落下する水差しの軌道がコマの連続として可視化され、同じオブジェクト、同じ動きもカメラの向きやライティングによって印象が全く変わってくる。様々な形で「見せる」と同時に、見えないが何かがそこにあるという雰囲気を纏っている所が本作の魅力。コマとコマの間に何かが漂っているのではという、可視化できない部分の味わいがある。
 幻想的な映像作品で知られるクエイ兄弟が影響を受けた映画の一つが本作だそうだが、見て納得。影と光を駆使したライティングにより「見えない」ものをイメージさせる方向性もだが、空間の使い方はかなり参考にしているのではないかと思った。クエイ兄弟の作品で使われたセットの実物を見ると、意外と小さい。フィルムの中では実物以上の奥行、広がりを感じられるのだ。本作も同様で、同じ場所を撮っているのに広くも狭くも見える。もちろん意図的に撮り方を変えているのだろうが、カメラの位置やライティングを変えることで空間のコントロールができるんだなと実感した。

天使/海辺にて [DVD]
パトリック・ボカノフスキー
アイ・ヴィ・シー
2006-02-24