若竹千佐子著
 74歳の桃子さんは郊外の新興住宅地で一人暮らし。見合い結婚の相手を放り出して一人上京した24歳の秋、住み込みのアルバイトをするうちに周造と出会い結婚、長男と長女が生まれて成長し独り立ち、そして周造は急死した。一人になった桃子さんの内側から、使ってこなかった故郷の言葉が沸き上がってくる。
 本作、語りの勝利だと思う。桃子さんは岩手出身なのだが、上京してからは標準語を通している。封印していた方言が年を取り一人になってからあふれ出てくるのだ。そして桃子さんが深く考える時、やはり自分が生まれ育った土地の、体に染みついた言葉が発せられる。桃子さんは故郷は嫌いだと思い続けていたのに皮肉ではあるが。その皮肉さは、「新しい女」を目指して故郷から飛び出したのに、周造に惚れて彼の前では「可愛い女」として妻・母として献身的尽くすという古典的な女になっしまっていたというのも皮肉だ。しかし桃子さんは一人になることで、そういった役割、ジェンダーから自由になっていく。桃子さんという個がむきだして立ち現れてくる、その様が鮮やかだ。この鮮やかさ、自由さは方言による語りだからこそ感じられたのではないかと思う。オフィシャルなものではなく、よりパーソナルな語りに感じられるのだ。

おらおらでひとりいぐも (河出文庫)
若竹千佐子
河出書房新社
2020-06-26