ラーラ・プレスコット著、吉沢康子訳
 冷戦下、1950年代のアメリカで、ロシア移民の娘であるイリーナはCIAにタイピストとして就職する。しかし彼女に課されたのは諜報員としての仕事だった。訓練を受け文書の受け渡し等を行うようになり、更にある特殊作戦に抜擢される。それは、共産圏で禁書になっているボリス・パステルナークの小説『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民の中に浸透させプロパガンダに利用するというものだった。
 『ドクトル・ジバゴ』をソ連国民に読ませるという「作戦」が中心にあるが、3つの視点でストーリーは展開していく。イリーナと同僚の諜報員サリー、「わたしたち」として語るCIAのタイピストたち、そしてパステルナークの愛人オリガ。どれも女性たちのエピソードだ。この時代に女性に生まれたことで受ける不利益や屈辱にはやりきれないものがある。その一方で女性同士のいたわりやゆるやかな連帯の描き方はこまやかだ。イリーナとサリーの距離の縮まっていく様や2人の気分の華やぎが眩しい。ただ、小説の語りとして一番面白いと思ったのは「わたしたち」によるもの。タイピストとしてひとくくりにされ、個々の顔など特に意識されなかったであろう女性たちとしての「わたしたち」だが、その「わたしたち」の中には個々人の顔があり、その個々が共鳴しあっている声なのだ。一方、オリガのパートにはあまり面白みは感じなかった。古典的な尽くす女、いわゆる「女はたくましい」とか言われがちな造形の話だからか。むしろ「わたしたち」パートの手法のみで全編書かれたものが読んでみたかったかな~。東京創元社が激しく推していた作品だが、そこまでの傑作・名作という印象は受けなかった。わりとあっさりとしている。

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ラーラ・プレスコット
東京創元社
2020-04-20


ドクトル・ジバゴ〈上巻〉 (新潮文庫)
ボリス・パステルナーク
新潮社
1989-04T