1950年代後半、人民の自由な発言を歓迎するという中国共産党主導の「百家争鳴」キャンペーンが行われた。これに乗って自由にものを言ったところ「右派」と呼ばれ、55万人の人びとが収容所に送られた。この「反右派闘争」の全容はいまだ明らかになっていないという。これに大飢饉が重なり、収容所は地獄と化した。2005年から2017年にかけて撮影した、収容者全体の10%と言われる生存者の証言から構成した一大ドキュメンタリー。監督はワン・ビン。
 何と8時間26分におよぶ超大作(劇場上映だとおおよそ9時間強)しかし密度が異常に高く、長いことは長いのだがダレた感じはしない。この点だけでも凄まじい作品だと思う。生存者の語り口は淡々としていたり時に強い感情を見せたりと様々な表情を見せるのだが、どの話からも極度の飢餓がどのようなものなのか、ひしひしと伝わってくる。語り口はあっさりとしており、普通のことのように語られている所に更に凄みがある。人間は飢えすぎるといきなり死ぬ(寝ている間に死ぬ人が多かったそうだ)とか、人肉を食べた噂とか、白いはずの布団が黒っぽいのでよく見るとシラミが全面にたかっている、シラミを叩き落とす力さえなくなるという具体的すぎるシチュエーションの数々。人間が人間でいられる域を軽く超えるような状況を体験した人たちが、一体どういうスタンスでその体験を語っているのかと思うと、ちょっと想像を絶するものがある。
 中国を襲った大飢饉は天災であり、元々環境が良くなかった収容所の状態が更に悪化したという面はあるが、国の失策という面も大きそうだ。地方の農家の飢餓は政府が作物を徴収しすぎたから、ノルマを達成するプレッシャー故に各自治体が収穫量の虚偽申告をしたから、という人為的な要素もあった様子が垣間見えてくる。また収容所に送られた人たちも明確な「右派」ではなかった人が多く、「人数合わせ」として選ばれたに過ぎなかったりする。右派は集団全体に特定の割合含まれているから、その割合に見合う人数を送らないとならないという、馬鹿馬鹿しい理屈がまかり通っていたそうだ。国が作った仕組みに振り回され生命まで奪われた人たちが何と多かったことかと気が遠くなる。収容所の跡地には、今でも人骨が大量に放置されているのだ。そういった経緯が順序だてて説明されるわけではないが、生存者たちの語り、また収容所を管理する側だった人達の話によって、断片が徐々につながり、一つの絵が見えてくる。
 ワン・ビン監督の作品を見る度、監督の聞き手としての力、粘り強さに唸ってしまう。よくこの場にカメラを置き続けさせてくれるなという作品ばかりだ。人との信頼関係の作り方、距離の縮め方が抜群に上手いのだろうが、このやり方で作り続けられるという所が凄い。

無言歌(字幕版)
シュー・ツェンツー
2015-02-04


苦い銭 [DVD]
紀伊國屋書店
2019-01-26