イーアン・ペアーズ著、池央耿・東江一紀・宮脇孝雄・日暮雅通訳
 1663年、チャールズ2世が復位を果たすがまだ内政が不安定な英国。ヴェネツィアからやってきた医者の卵マルコ・ダ・コーラは医師のリチャード・ローワーと知り合う。彼らは大怪我をした雑役婦アン・ブランディを診察する。アンの娘サラにはオックスフォード大学の教師ロバート・グローブを毒殺した疑いがかけられる。4人の人物の手記から成る4部構成の歴史ミステリ。
 これは当時の英国内政事情をある程度知らないと、結構厳しいものがある。巻末の人物解説、年表、訳者あとがきを先に読んでしまった方がよかったな…。登場人物が多い、かつ長いので、下巻に入ったころは上巻で書かれていたことを忘れてしまった。極力一気に読むことをお勧めする。本作の面白さは時代背景や世相・風俗の描写だけではなく、4人の人物がそれぞれ書いた手記(という体の文章)から構成されているという所にある。人間は自分が見たいように物事を見る、自分の価値観の外に出るのは難しいということが、ありありと描かれているのだ。あの人はこういうふうに言っていたけど、この人から見たら全然違うことになっているのか!という驚きが何度も味わえる。語り手個人の主観、その人が所属する文化圏の価値観、そしてその時代の価値観によって、起きた事象がフラットには見えてこないのだ。4人の手記を総合して、一体何が起きていたのか、どの人がどういう意図で動いていたのかが垣間見えてくる。
 それにしても、当時の女性、特に貧しい女性の人権のなさがすさまじくて引いた。時代設定上しょうがないのだが、読んでいて結構きつい。

指差す標識の事例 上 (創元推理文庫)
イーアン・ペアーズ
東京創元社
2020-08-31


指差す標識の事例 下 (創元推理文庫)
イーアン・ペアーズ
東京創元社
2020-08-31