出稼ぎに出て数十年たつ夫が死んだという知らせを受け、カーボ・ヴェルデからリスボンにやってきたヴィタリナ(ヴィタリナ・ヴァレラ)。しかし夫は既に埋葬されていた。ヴィタリナは夫が住んでいた部屋に暮らし始める。
 ファーストショットが素晴らしい。暗い路地の奥から何かの気配が近づいてくる、時折白く光るものは杖だとわかってくる、人々が近づいてくるのだとわかってくる、という流れにしびれる。暗い画面の中、杖に反射するわずかな光が強烈なインパクトを残す。ペドロ・コスタ監督作品はどれも陰影のコントラストが劇的だが、本作も同様。夜の暗闇の中、アパートがスポットライトを当てられたように浮かび上がる。ちょっと舞台演劇的な光の使い方だ。実際スポットライト的に照明を当てているのかもしれないが、フレームとライティングがすごくかっこいい。ひとつひとつのショットが絵画のようにインパクトがあり決まっている。ペドロ・コスタの作品の強さはここにあるし、映画はフレーミングと光なんだなと実感する。映像がドラマティックなのだ。
 ヴィタリナの夫は移民としてポルトガルにやってきた。ヴィタリナも夫を追ってまた移民となる。彼女の言葉から、夫はヴィタリナに自身がどのような生活をしているか隠しており、彼女を裏切ったこともあるとわかってくる。夫が残した部屋で生活することは、夫の生活を彼女がなぞり、上書きしていくようでもあった。彼女と夫それぞれの人生は、彼女のモノローグや夫を知る人たち、近所の人たちの言葉の断片から立体的になっていく。ヴィタリナと夫のストーリーは、同時に多くの移民たちのストーリーでもあるのだろう。とは言え、ヴィタリナという個人が中心にあり、彼女固有のものとして一般化しきらない。男は働きに出て女は家を守るという旧来の世界に生きているが、それに納得しているわけではないし夫への文句もある。夫を亡くし異郷で途方にくれる一方で、一人で家を完成させ屋根の修理をするような独立した姿も見せる。「女の強さ」的なものに集約されないタフさを感じた。


歩く、見る、待つ ペドロ・コスタ映画論講義
ペドロ コスタ
ソリレス書店
2018-05-25