1933年、イギリス人のガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)は世界恐慌の中、スターリンが統治するソビエト連邦のみが反映していることに疑問を持つ。記者としてモスクワからウクライナに向かったジョーンズが見たものは、想像を絶する実情だった。監督はアグニシュカ・ホランド。
 実在したジャーナリストのエピソードをドラマ化したもので、ジョーンズの記事に影響を受けたというジョージ・オーウェルが『動物農場』を執筆するシーンから始まる。ジョーンズが発信した内容が後にどのようにフィードバックされたのか見えることで、少々勢い任せ(何しろあの程度の装備で真冬のウクライナをさまようのは無謀だと思う)なジョーンズの行動の価値、事実を発信し続けることの価値が示されるのだ。
 ジョーンズは元々ジャーナリストだったわけではなく、ソビエトの現状に疑問を持ち、現地調査をするために便宜上、当初はジャーナリストを名乗っていたにすぎない。モスクワに入ってからの彼の取材活動は危なっかしい。当時のソビエトの状況が海外には伏せられていたこともあり、言動は無防備で真っすぐなので、こんな小細工すぐに当局にバレるのでは?!とハラハラした。
 彼の調査手法に老獪さは全くない。相手の懐に潜り込んで親密になって情報を引き出すという老獪な方法もあるだろうが、親密さを保ちつつ一線を越えずにいられる人はごくわずかだろう。本作に登場するピュリッツァー賞受賞者のデュランティ(ピーター・サースガード)はモスクワに駐在しているうちに、好待遇に溺れスターリンのスポークスマンと化した。彼らの乱痴気騒ぎには、やはりジャーナリズムは権力と距離を置くべきだと痛感させられる。ジョーンズの正義感は青臭いかもしれないが、それがなかったらジャーナリズムはたちゆかないだろう。本作はジョーンズがジャーナリストになっていく過程の物語でもある。原題はシンプルに「Mr. Jones」なのだが、端的に的を得た題名だ。
 中盤、ウクライナに入ってからは妙に幻想的で、ジョーンズの頭の中の地獄めぐりにも見えてくる。が、これはジョーンズ=一般人にとって本当のこととは思えないほどひどい、想像の域を現実が越えてしまったということだと思う。更に恐ろしいのは、その地獄は特定の人間の意志によって生み出されたものだということだ。そこで何が起きているのか世界に向けて発信する(たとえバカにされ、本気にされなくても)というのは、地獄の拡大を押しとどめようとする行為なのだ。



動物農場〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
ジョージ・オーウェル
早川書房
2017-01-07





ソハの地下水道 [DVD]
アグニェシュカ・グロホフスカ
東宝
2013-04-19