カロリン・エムケ著、浅井晶子訳
 暴力を受けた被害者は自分の体験を話すことが難しい。暴力はその人と世界との「こうあるはず」という約束事を壊してしまうので、自分に何が起きたのか認識し表現できるようになるまでに時間がかかるのだ。語ること、聞くこと、聞いたことを伝えることについて著者が考えたエッセイ集。
 序盤の、暴力被害について被害者は言語化できるまでに時間がかかるという話は、ホロコーストで、戦地で、また災害による暴力に関連して語られるが、最近(ずっと以前からある問題だけど)の問題としては性犯罪被害の際の証言のしにくさや二次被害を連想した。著者のいう語りにくさには当然そういった被害によるものも含んでいる。被害者が暴力について語るとき、直接的に語ることはできない。途中で脇道にそれたり、何か定期的に障害が挿入されたりする。あまりに辛い故に、あったそのままを言語化することはできず、すこしずつずらしながら、何回もリトライをしてというような婉曲的な語りになる。その語りに証言としての信憑性はあるのか?と問う人もいるが、被害者が語れるのかどうかは、聞く側がそれを聞く態勢を取れているかどうかにもかかっている。被害者が世界との関係を取り戻すには、聞き手の誠実さ、他者への想像力に基づく真剣さが必要だ。まともに聞く人がいてこそ語れるという、相互関係がある。語れなさを語り手の責任にするのは筋が違うのだ。
 今まさに進行形の問題にかかわる文章が随所にあるのだが、特に今の日本では「リベラルな人種差別」「民主主義という挑戦」は必読ではないかと思う。


憎しみに抗って――不純なものへの賛歌
カロリン・エムケ
みすず書房
2018-03-16