世界的に有名な映画監督のサルバトール(アントニオ・バンデラス)は母親を亡くしたこと、健康状態が思わしくなく脊椎の痛みがひどくなってきたことで、心身共に疲れ果て、仕事も手につかなくなっていた。幼少時代、母親と過ごした日々、バレンシアでの子供時代やマドリッドでの恋と破局など、自身の過去を回想していく。監督はペロド・アルモドバル。
 アルモドバル監督作はいつも色彩がビビッドで鮮やかかつ美しい、時に毒々しいくらいだが、本作の美術の色調は個人的には今までで一番好み。特にサルバトールの自宅のインテリアは大変しゃれていて(サルバトールは美術コレクターでもあり、アート作品も多数所蔵している)赤と水色とのコントラストが鮮やかだった。サルバトールが着ている服も、デザインはシンプルなのだが配色は結構思い切っている。無難な色の服を着ている人があまり出てこない。
 サルバトールは体のあちこちの調子が悪く、特に背中の痛みを常に抱えている。背を丸めてかがむことができないのだが、演じるバンデラスが非常にうまく、可動域が制限されている感じで、どうかすると痛いんだなということがよくわかる。見ている方が辛くなってきちゃうくらいだ。ただ、サルバトールはこういった痛みや不調の改善・治療に積極的かというとそうでもない。病院でこまめな診察を受けている様子はなく、痛みを抑える為にヘロインに手を出して依存気味になってしまう。自分の体に対してどこか投げやりなように見えた。
 しかし、自分作品に出演したものの不和に終わった元主演俳優や、破局したかつての恋人との関係を見直し、関係を築きなおしていくうち、自分の健康面の見直しにも行き着く。更に、創作意欲の復活にもつながっていく。自分の過去を振り返ることは、彼にとってこの先の人生と向かいあうこと、イコール映画を作り続けることでもある。過去の昇華が映画作りにつながるというのは正にナチュラルボーン映画監督と言う感じなのだが、ジャンルは何であれ創作に従事している人というのはそういうものかもしれない。
 今現在の元主演俳優や元恋人と接することで、苦い思い出も多少甘やかな、自分の中で許せるものになっていく。時間を置くことで見え方が変わってくるのだ。(主演俳優ともめたかつての監督作について)重すぎると思っていた主演俳優の演技が違って見えてきた、今はあの演技でよかったと思うとサルバドールが語るエピソードが面白かった。また、元恋人との再会も、円満に幕を閉じる。双方それぞれの人生があり、一緒にはいられなかったがそれぞれ幸せがあったと受け入れられるのだ。
 ただ、母親との関係は一見美しい思い出に見えるが、ずっと苦いものが残る。子供時代のサルバトールについて母が「誰に似たのかしら」といい顔をしなかったことを、彼はずっと記憶している。また老いた母は彼が同居しようとしなかったことをずっと根に持っている。サルバトールは(おそらくセクシャリティ含め)母が望むような息子にはなれなかったし、母の失望は(彼女はそんなこと意図しなかったろうが)ずっと彼を苦しめる。サルバトールのせいではなく単に「そうならなかったから」というだけなのだが、母への愛情ゆえに罪悪感が止まない。母に対してだけは彼女が生きている間に関係を結びなおすことができず、彼の思い出の中=映画の中でだけ再構築される。それはサルバトールの創作と直結しており映画監督として喜ばしいことではあるのだが、取返しのつかなさがどこか物悲しい。

ジュリエッタ(字幕版)
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2017-06-02


マイ・マザー(字幕版)
スザンヌ・クレマン
2014-07-04