EUフィルムデーズにて配信で鑑賞。ポルトガル語圏唯一のノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴと、彼のパートナーであるピラールを追ったドキュメンタリー。2010年製作、監督はミゲル・ゴンサルヴェス・メンデス。
 サラマーゴといえばパンデミック小説とも言える『白の闇』(映画化された『ブラインドネス』も佳作だった)、そして今年はサラマーゴ没後10周年。半分は予期せずだがタイムリーな作品になってしまった。本作は晩年、80代のサラマーゴの活動を追うが、非常に若々しく精力的だ。執筆はもちろんだが、各種講演、シンポジウム、サイン会(時間と体力温存の為に献辞は遠慮願うというやり方)、はたまた次作の芝居に出演までという幅広い活動ぶり。しかもそれがスペイン(サラマーゴはスペインのランサローテ島にに移住)だけでなく様々な国で開催されるので、かなりあわただしく海外を飛び回ることになる。講演にもサイン会にも大勢の人が訪れ、文化や政治に関する発言も注目を集める。その注目度は日本における「作家」のあり方とは大分様子が違う。作家という立場のプライオリティの高さや、実際に彼の作品を読んでいる読者の多さが垣間見える。
 サラマーゴのあわただしい活動をマネージャー的にサポートするのがピラール。日常生活はもちろん、仕事のスケジュール管理やイベントの手配、マスコミ対応等、こちらもまた大変な仕事量。サラマーゴの絵画遠征にももちろん同行するし、一方で彼女自身の仕事もばりばりこなす。やたらとエネルギッシュなカップルなのだ。2人の会話の掛け合い、ぶつかり合いも小気味良い。ピラールがインタビュー内でプレジテントと呼ばれ「プレジデンテです」と訂正する(プレジデントは男性名詞、プレジデンテは女性名詞。プレジデンテという名詞が定着していないのはそのポジションが男性ばかりだからという文脈)様や、「セクシャルマイノリティに対して寛容ですよね」というな質問を投げかけられて寛容とかそういう問題でなくて(彼らは現に存在するわけだから)人権問題だと怒る様が彼女の人となり、立ち位置を示していた。
 とはいえば、サラマーゴも高齢は高齢なので、ある時点でがたっと調子を崩す。これが生々しくて(ドキュメンタリーだから当然「生」なんだけど)心がざわつく。彼の最晩年の映像だとわかっているだけに。それを支え続けるピラールの姿は、献身というよりも、チームの一員としての責務としてやっているように思えた。それが2人にとっての愛の形なのだろう。
 サラマーゴはポルトガルで生まれ育って、作家として成功した後にスペインで暮らすようになったという背景がある(当時のポルトガル政府の方針に同意できなかったらしい)。彼とポルトガル、スペインという2つの国の関係への言及が作中でやはり出てくるのだが、なかなか微妙。サラマーゴ展の開幕にポルトガル政府の関係者は出席しなかったというし、ポルトガルからは裏切り者扱いされている向きもあるのだろう。本人のアイデンティティはおそらくポルトガルにあり、祖国への愛もあるのだろうが、そこで生きやすいかどうかはまた別問題だ。

白の闇 (河出文庫)
ジョゼ・サラマーゴ
河出書房新社
2020-03-16


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2009-04-03