中央公論新社編
 武田百合子が夫・武田泰淳に勧められて書き始めた、富士山麓の山荘での生活を記録した『富士日記』。幅広い読者に愛されてきたこの随筆を、各紙誌に掲載された書評と小川洋子らによる書下ろしエッセイからその魅力に迫る。更に百合子、泰淳による関連作品を収録した1冊。
 『富士日記』が出版された当時は、武田百合子は「武田泰淳の妻」という認識だったのだろうが、今や泰淳の『富士』よりも百合子の『富士日記』の方が広く読まれ知名度が高いのではないだろうか。百合子の文章の面白み、観察眼の鋭さや表現の切れの良さは『富士日記』が出版された当時の書評や解説でも言及されていたが、日記文学としての『富士日記』の凄みは当時よりも近年の方が実感されているのではないかと思う。毎日の食事と出来事の記録がなぜこうも面白いのか。これは「生活は面白い」という認識が定着したからかなという気もする。その方が時代、思想を越えて読み続けられるのかなと。本著内でも言及されているが、泰淳の文章を口述していたことの影響等が近年の批評ではあまり指摘されなくなっている(言わずもがなということかもしれないが)のは、それとは別に、百合子固有の文章、視線の強度があることが浸透していったのでは。

富士日記を読む (中公文庫)
中央公論新社
2019-10-18