1970年、ドイツのハンブルグ。フリッツ・ホンカ(ヨナス・ダスラー)はバー“ゴールデングローブ”で毎日くだをまいている。女性に声をかけても相手にはされない。しかし彼は娼婦を殺しており、その死体を自宅アパートに隠していたのだ。監督はファティ・アキン。
 実際にあった連続殺人事件を素材にした作品。アキン監督はこういう作品も撮るのかという新鮮さがあった。そして面白い!ゆるいと見せつつシーンの組み立てが上手く、流れがだれない。また、F.M.アインハントによる音楽が冴えている。何もないようでいて何かが起ころうとしている、不穏な空気を掻き立てていく。それでいてどこかユーモラス。
 ホンカの犯行はあまりに行き当たりばったりで、死体の処理の仕方、隠し方にしてもばれるのは時間の問題だろうというもの。よくあるシリアルキラーものだと大体殺人犯は頭が良くて完全犯罪をもくろむが、本作は全く異なり、そこにリアリティがあるとも言える。実際はこんなもんかもしれないなと。ホンカは先のことを全く考えていない、というよりもこうしたこの先こうなるだろうという想像力が全く欠落しているように見える。作中で何度も言及されるが、絶対に臭いがえらいことになるはずなのに(階下のご家庭が気の毒すぎる…)。
 その想像力のなさは、女性に対する態度にも表れている。相手も個々人であり、それぞれ独自の考え方を持っているという発想がない様子なのだ。だから女性との関係性を自分の願望のみで解釈するし、相手が自分の期待と違う行動をしたり、自分の行為に対して反抗したりすると激昂するのだろう。女性に対する好意や執着は、所有物に対するものに近い。ホンカが年配女性にばかり声をかけるのは年上好みというわけではなくて、老いて美しくもない女性だったら自分でも相手にされるかもという女性の若さ・肉体にのみ「物」として価値を見出す価値観、また立場も肉体的にも弱い相手だったら反抗されない、より「物」として扱えるという意識的か無意識かわからない理由によるものからかもしれない。同僚にいきなり好きだ!セックスさせろ!と迫っていくのが怖すぎる。コミュニケーションを重ねてセックスにつなげるという発想がない。本作の、ホンカの恐ろしさの核はここにあると思う。
 エンドロールでは実際に犯行に使われたホンカのアパートや被害者の遺品が映し出される。陰惨な殺人事件だがその見せ方は妙にドライで脱力感も漂う。

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