マイケル・オンダーチェ著、田栗美奈子訳
 「1945年、うちの両親は、犯罪者かもしれない男ふたりの手に僕らをゆだねて姿を消した」。ナサニエルと姉のレイチェルは、“蛾”とあだ名をつけられた男に預けられた。母は父の海外赴任についていくことになったのだ。“蛾”の家には得体の知れない人たちが集まっていた。そして母もまた、海外赴任についていったのではなかった。
 子供にとって、自分の親がどういう人間なのか・背景に何があるのかということは、普通の環境でも謎な部分が多いだろう。ナサニエルとレイチェルの母親についても同様だ。母親が消えた後も2人の周囲にいる大人たちは謎めいてどこか胡散臭く正体不明だ。徐々に、彼らは共通のある任務をもっていたのでは、更に母親もその一員ではないかという様子が、彼らの言動の端々から垣間見えてくる。親に対する「わからなさ」が二重になっているのだ。霧の中からふらりと現れては消えていくような大人たちは、ナサニエルたちを保護するがそれは断片的な、嘘とも本当ともつかないもので、彼らを保護者として守り育てるのには不十分だ。姉弟の人生も生活も、どこか地に足がつかない、一貫性のないものになってしまう。マラカイトとの出会いで世界がようやく「正確で信用できるものになった」というのは、地に足の着いたうつろいにくい生活をようやく知ることができたということでは。
 親が何者かという普遍的な謎と、母ローズが何をやっていたのかという個別の謎が二重になっており、更に自分たちが見てきたものは一体何なのかというナサニエルの人生の謎が重なってくる。ミステリ的な構造なのだ。更に、一種の戦争小説でもある。時制がいったりきたりする構造、更に曖昧さをはらむと同時に詩的な文章が記憶というものを表すには最適なように思った。

戦下の淡き光
マイケル・オンダーチェ
作品社
2019-09-13


名もなき人たちのテーブル
マイケル・オンダーチェ
作品社
2013-08-27