マーサ・ウェルズ著、中原尚哉訳
 かつて重大事件を起こし、記憶を消された人型警備ユニットの「弊機」は、ひそかに自身の統制モジュールをハックして自由になった。連続ドラマの視聴を密かな趣味にしつつ、所有者である保険会社にプログラムされた、人間を守る業務を続けている。ある惑星調査隊の警備を担当するが、想定外の危険に見舞われる羽目に。
 ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞3賞を受賞した作品だそうだがそれも納得。抜群に面白かった。連作中編集の体裁でそれぞれのエピソードは独立しているが、「弊機」がかかわる羽目になった事件の裏事情が徐々に明らかになっていき、後々再登場する登場人物もいる。「弊機」はもちろん人間ではないのだが、統制モジュールから自由になったことで個として独立した思考や感情(と思しきもの)を持つようになり、友達(らしきもの)も出来る。「弊機」の一人称語りなのだがニュートラルかつ妙なユーモラスさを感じさせる絶妙な文体。これは翻訳も相当上手いのでは。一人ボケ・ツッコミ的なおかしみすら感じる。
 人間の喜怒哀楽のウェットさに辟易し、人間の顔を直視するのも自分の顔を直視されるのも苦手という「弊機」にシンパシーが湧きまくりだった。ストレスが溜まると連続ドラマ(大量にストレージ内に保存してあるらしい)を見て心を落ち着かせ、現実の人間よりドラマの中の人間の方がいい…としみじするというのも可愛い&共感の嵐。とはいえ「弊機」は人間を嫌っているわけではない。彼らへの興味も、時にシンパシーもあるしその言動は徐々に「人間らしく」なっていく。が、本作がユニーク、かつ今のSF(というかSFなんだけど)だなと思った所は、「弊機」は人間にシンパシーを持つようになっても人間そのものになりたいわけではないという所。機械でも人間でもない、しかしどちらとも共感しうる全く別個の存在として歩んでいく様がなんだか清々しく未来を感じる。

マーダーボット・ダイアリー 上 (創元SF文庫)
マーサ・ウェルズ
東京創元社
2019-12-11