イランの人気女優ベーナーズ・ジャファリ(ベーナーズ・ジャファリ)に、見知らぬ少女からメールが届く。メールに添付された動画は、女優を目指し芸術大学に合格したものの家族の裏切りによってその道を絶たれた少女が、自殺をほのめかすものだった。ショックを受けたジャファリは映画監督のジャファル・パナヒ(ジャファル・パナヒ)と共にその少女マルズィエ(マルズィエ・レザイ)が暮らす村を訪れる。監督・脚本はジャファル・パナヒ。
 少女の自殺らしき映像から始まる不穏さ。不穏さは村に行ってからも変わらないのだが、どんどん不条理コメディのような様相になってくる。ジャファリもパナヒも都会のいわゆる「知識人」だが、村は完全にローカルルールで支配されている。古くからの因習や迷信がはびこっており、2人の常識が通用しない。傍から見たら笑ってしまうのだが、当事者は大真面目なので下手にいじると大炎上する。俳優・女優を「芸人」としてさげすむのに、ジャファリが来ると大喜びで色々と頼み込むという村人の態度は矛盾しているが、彼らの中ではそれが普通のことで矛盾などとは思わない。結構自分勝手でローカルルールを超越する価値観がないのだ。車中泊しようとするパナヒのところで村の老人たちがやってくるシーンは、具体的に彼らが何かしようとしているようには描かれていないが結構怖い。またマルズィエの弟の、彼女が失踪したことで恥をかかされたという激昂の激しさは周囲が身の危険を感じるレベルだ。女性が進学を望む、家から出ることを望むということへの強烈なマイナス感情には、根深い問題がありそうだが。
 村へ続く細い道に関する「ルール」がころころ変わる、しかし誰もそれを是正しようとしない(マルズィエが道を広げようとすると女の仕事ではないと阻止され道は放置されたまま)。慣習が全てのような世界で、なかなかきつい。その集団の中で慣習から外れたことをする人がいると、共同体から疎外されていく。この村社会感は万国共通なのか。そのような共同体から逸脱していく存在として3人の「女優」が登場する。既に安全圏にいるといえるジャファリは自分をまきこんだマルズィエに苛立ちはするが、見て見ぬふりはしないと腹をくくる。そして彼女よりも先に同じ決断をした女性もいるのだ。この「見て見ぬふりをしない」ことにより、ラストは少し世界が開けて見える。パナヒはそれを見送るのみだが、「そういうのは女性の方が得意だから」とか言っている場合ではないんだよな。


これは映画ではない [DVD]
ジャファル・パナヒ
紀伊國屋書店
2015-05-30