マーガレット・アトウッド著、鴻巣友季子訳
 1945年、「私」アイリスの妹ローラは、車ごと橋から転落し若くして亡くなった。事故だと報道されたが自殺の噂は絶えなかった。年老いて今では一人で暮らすアイリスは、釦工場で財を成した一家の歴史を振り返り綴り始める。
 アイリスの回想、ローラの著作である小説『昏き目の暗殺者』、アイリスらの親族たちについての新聞記事を織り交ぜていく構造が巧み。実は客観的な記述は新聞記事のみで、アイリスの回想は老齢の彼女の記憶違いや妄想が混ざっている、あるいは意図的に書き換えられているのではという疑いがつきまとうし、『昏き目の暗殺者』はローラの創作物と「されている」。実のところどうなっているのか、ある出来事が『昏き目の暗殺者』に投影されているように見えるが、それは何を意味するのか、はっきり見えたかと思うとまた曖昧になる。ミステリとして引き込む(ハメット賞受賞も納得)一方で、明確な答えは出さない。
 一方、はっきりと描かれているのは当時の女性のおかれていた立場、女性に対する「こうであれ」という規範の息苦しさだ。アイリスとローラは母親が早くに亡くなり父親は娘たちの教育に無頓着だったという事情から、少女時代はそういった規範から比較的解放されていた。しかし成長するにつれ、世間が考える「よき女性」像にはめ込まれていく。結婚以外の選択肢を用意されなかったアイリスの行き場のなさや、途端につまらない、何も自分で決められない人間になっていく(という言い方は現代の視点で読んでいるからできるので酷だと思うけど)感じが辛い。また、自分の意志を尊重したために苦境に追い込まれていくローラの姿もやりきれなかった。当時の女性に対する「こうであれ」とは、考える力や決断力をどんどんそぎ取っていくものだった。これは現代社会でもいまだに尾を引いていると痛感する。アイリスもローラも、時代が違えばもっと別の生き方、活躍の仕方ができたのではと思わざるを得ない。

昏き目の暗殺者 上 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19


昏き目の暗殺者 下 (ハヤカワepi文庫)
マーガレット アトウッド
早川書房
2019-09-19