鉄道運転士のイリヤ(ラザル・リストフスキー)は列車の運行中、線路を歩いていた少年をひき殺しかける。その少年は自殺したいから構わないのだと言う。そして10数年後、イリヤの養子となったその少年シーマ(ペータル・コラッチ)は自分も定年間近のイリヤの跡を継ぎ鉄道運転士になりたいと考える。しかしイリヤは猛反対。事故で人を殺してしまうことは避けられない、その重みをシーマに負わせたくないのだ。反対を押し切りシーマは鉄道運転士になるが。監督・脚本はミロシュ・ラドビッチ。
 イリヤは鉄道事故で累積28人を殺しており、その中には最愛の女性も含まれていた。自分のような苦しみを子供には味わせたくないというと良い話みたいだけど、「人をひいたら一人前」「一人ひいたら気が楽になる」等イリヤも運転士仲間もぽんぽん言うので信用できない。無事故無違反ありきではなく、事故も違反もあることが前提なのだ。日本だったら不謹慎!と怒られそうなセリフだ。
 早く人をひいて楽になりたい!と訴えるシーマ(その訴えもどうなんだと思うが)に対するイリヤの行動は、予想は出来るが結構極端。子供への愛情の示し方がちょっといびつだし、良くも悪くも融通がきかない。イリヤはシーマが自分を愛しすぎないように、自分もシーマを愛しすぎないようにずっと気をつけているように見えた。その試みは結局のところ失敗していることがわかってくるが、イリヤの愛は屈折しているのだ。その屈折を補うのが、同僚夫婦。ストレートな愛情をシーマに示す姿は心温まるし、とてもいい「近所のおじさんとおばさん」という感じ。おばさんが作るズッキーニの肉詰め、イリヤ達には不人気なのだが食べてみたくなった。
 一見牧歌的でハートウォーミングな印象だが、かなりブラックユーモアが強い。題名の「花束」の意味だって、えっそっち?!という方向でまずは見せてくる。運転士たちが引き殺した人数を出し合うのといい、この人をひくのはまずいけどあいつならOKという差別化も、あっけらかんと黒い。
 イリヤの自宅が列車車庫の中にあったり、同僚夫婦やカウンセラーの自宅は車輛を改装したものだったりと、舞台がとても楽しい。特にカウンセラー女性の自宅は、一面が本棚になっていてアンティークっぽい内装で素敵だった。車輛に住むというシチュエーション、子供の頃に大分憧れたので、映画の中で見られて嬉しいしうらやましくなってしまった。

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