チョン・セラン著、斎藤真理子訳
 ある大病院を中心に、50人の人々の人生がすれ違い絡まり合う。老若男女、年齢も立場もまちまちな人たちの悲喜交々を描く連作短編集。
 医師がおり、患者がおり、病院の事務員や用務員がおり、生きている人も死んでいく人もいる。ある町を舞台に様々な人たちの人生が展開していく。それが当人たちも知らないうちに、影響しあい、時に誰かの支えになったりもする。人は一人では生きられないとよく言うが、一人になろうと思ってもなかなか難しい、生きている以上関わり合わざるを得ないという方が正しいのだろう。ある時代、ある場所(つまり現代の韓国の地方都市ということになる)の物語を様々な角度で切り取ったものとして読めた。なので当然、社会問題が様々な形で顔をのぞかせる。様々な人が登場するほど、それぞれの立場で直面する様々な問題が見えてくるのだ。社会規範、「~らしさ」の圧力の不条理さ(特に女性が主人公のエピソードでは強く感じられた)を感じるエピソードは多く、その圧力は鬱陶しいが、本作の登場人物たちはそうそうへこたれないし、軽やかに乗り越えていく人もいる所に救いを感じた。
 妻から見た状況と夫から見た状況、親から見た状況と子から見た状況、同じ場にいても立場が違えば当然違った風景で、その違う風景を様々見ていくことで世界が豊かになる。独りよがりさが抑制されているのだ。鬱陶しさ世界は断片から成っていると同時に断片もまたひとつの世界だという構成が上手いし、個人あっての他人との関わり合いだよなと思わせる。本作、なにより人間の善性と勇気に信頼を置いているところに救われた。思いもよらない悲劇が起きても、たとえ立場が違っても知らない人同士でも、手を差し伸べ支え合うことができるはずという祈りのようなものがある。今の時代だからこそ読みたい、同時に時代を越えた普遍性がある作品だと思う。