堀江敏幸・小川洋子著
 「私」と「ぼく」とが交互に綴る、お互いに向けた手紙。ドナルド・エヴァンズの架空の切手、箱に封じ込められたジョセフ・コーネルの世界、そしてアンネ・フランクが身をひそめた小部屋。小さな世界に留まりつつも彼方まで飛距離を伸ばしていくような、様々な文学や映画、音楽がちりばめられたリレー小説。
堀江敏幸と小川洋子という、知と洗練の極みみたいな組み合わせ。どちらがどのパートを書いているのか、わかりやすく表示はされていないのだが、読めばすぐにわかる。どんな形態であれ、文章がしっかりと顔を持ち続けている。自分の文体が確立されているってやっぱりすごいことなんだなと実感した。どう読んでも堀江敏幸の文だし小川洋子の文なんだもんな・・・。
 ドナルド・エヴァンズ、ジョセフ・コーネル、ロベール・クートラスらの名前が次々出てくるだけで無性にうれしくなる。「彼らは独自の境界線の内側に潜んでいますが、孤立しているわけではありません」という彼らの作品の核心を突いた表現。他にもソローであったり宮沢賢治であったり、まど・みちおであったり、大声ではないがずっと静かに話し続けているような作家たちが登場する。著者2人の美学、ものの見方が垣間見え、フィクションとはいえこれらの文学(だけではない)を紹介していく随筆的な側面が強い。が、その一方で、強く小説を意識させる瞬間もある。瞳を自ら閉ざした人と光を失いつつある人の対話であるかのようだが、ある地点で風景がぐらりと揺らぐ。そこかしこにあった不穏さ、悲劇の気配のようなものはここに集約、伏線回収されるのかと。ペダントリィに徹するようでいて、ちゃんと「私」と「ぼく」の物語だったのだ。