フランスの田舎町で育ったコレット(キーラ・ナイトレイ)は、14歳年上の人気作家ウィリー(ドミニク・ウェスト)と結婚し、パリで暮らし始める。コレットの文才に気づいたウィリーは自分のゴーストライターとして彼女に小説を書かせるが、これが大ヒット。最初は夫と共に喜んでいたコレットだったが、徐々に自分が書いたことを伏せ続けられることに葛藤を覚え始める。監督はウォッシュ・ウエストモアランド。
1890年代、ベル・エポック時代のパリのサロンの華やかさと、パリに出てきたばかりのコレットとの対比が印象に残った。コレットの服装は当時の風俗に疎い人が見ても、多分野暮ったいんだろうなとわかるものだ。そんな彼女がパリで暮らすうちどんどん洗練され、おしゃれになっていく。コレットのファッションがとても楽しい。ウィリーはもちろん洒落者なので、これはどれだけお金があっても足りないのでは、と思っていたら案の定家計が火の車。ウィリーがゴーストライターたちに給料を払えず、やむなくコレットに書かせたことで、彼女の才能が開花していく。
 ウィリーとコレットは一見いいチームに見える。ウィリーは経営者、プロデューサーとしては実際に有能と言えるだろう。ただ、いいチームに見えてしまう所が厄介なのだ。もし2人が対等な契約関係、純粋なビジネス上の関係だったらこれはいいチームといって差支えないのだが、コレットはウィリーの妻であり、当時の妻は夫と対等とはみなされていなかった。ウィリーはコレット曰く「うるさいけど割と自由にさせてくる」のだが、「自由にさせてくれる」という表現が出てくるってことは、本当には彼女は自由ではない、ウィリーと対等ではないということだろう。ウィリーはコレットを愛しているし彼女の才能を認め活かそうとしてはいるので、関係の不均等さが見えずらいし、当事者であるコレットもなかなか気づかない。ウィリーはコレットが女性であること、妻であることに甘えているわけだ(妻だから原稿料支払わなくていいという理屈なわけだし)。自分の持ち物の一部みたいな気持がどこかである。自分が色々教え導いてやる相手という認識から離れられないのだが、実際のコレットはどんどん先に進んでおり、ギャップが生じていく。
 コレットには同性の愛人がおり、ウィリーは最初は容認しているどころか、自分もその愛人にアプローチしていく。共犯関係というよりも、自分が彼女に影響を持ち続ける、彼女を自分の一部にしておくためのちょっかいの掛け方のように思えた。コレットがミッシー(デニース・ゴフ)との関わりの中で自立への道を歩み始めると、陰湿な嫌がらせをする。ウィリーにとってコレットは自分の作品のような存在でもあり、自分が思う枠から外れられるとすごく嫌なのでは。それはやはり、対等な関係とは言い難い。
 ミッシーの存在がコレットにとって非常に大きかったことはわかるのだが、肝心のミッシーは本作では今一つ存在感が薄くそこは残念だった。彼女(彼)はトランスジェンダーと思われるが、そのあたりの表現があいまい。もうちょっと踏み込んでも良かった気がする。

シェリ (光文社古典新訳文庫)
シドニー=ガブリエル コレット
光文社
2019-05-14





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ポニーキャニオン
2017-07-05