2004年、アメリカ・ケンタッキー州。大学生のウォーレン(エバン・ピーターズ)とスペンサー(バリー・コーガン)は代り映えのしない毎日に物足りなさを感じていた。2人は大学図書館に収蔵されている時価1200万ドルを超える鳥類図鑑を盗み出そうと計画する。秀才のエリック(ジャレッド・アブラハムソン)、実業家の父親を持ち自身も実業家として成功しているチャズ(ブレイク・ジェナー)を仲間に引き入れ、着々と計画を進める。ついに結構の日が来るが。監督はバート・レイトン。
実際に合った事件を実際の当事者に聞き取りしながら、それをプロの役者による再現劇に挿入していくというメタ構成。当事者の記憶は個々にずれがあり、そのずれもそのままドラマに織り込まれていく。ストーリーの前提にあやふやさが含まれており、見ているうちにおぼつかない気分になってくる。
更に、4人の強盗計画のゆるさずさんさ。これでよく実行しようと思ったな!という地に足のついていない様はこれまたおぼつかない。そもそも特に強い絆があるわけではないのになぜこの4人で?という疑問もぬぐえないままだ。
彼らはなぜ強盗をしたのか。切実にお金に困っているというわけではなく、むしろ平均よりも大分裕福な子もいる。親が「あの庫のことが分からなくなった」というのも納得。犯罪映画のように、盗みをすることで人生大逆転が出来るような気になっていたのだろうが、そもそも「大逆転」てどういう状況を期待していたのだろうか。見れば見るほど胡乱で、徒労感に襲われそうになる。何をやってもかっこよくはならないし自分からは逃げられないのだと、彼らは突き付けられているのだがそれに気づいているのかいないのか・・・。
ウォーレンの饒舌と衝動が周囲を巻き込んでいく、彼の物語にスペンサーらが乗せられていくという面はあるだろう。しかし、その物語に対して考えずに乗っかっていくスペンサーの姿勢の方が不穏に思えた。自分で何かをやる(手を汚す)覚悟もないまま他人の物語に乗っかっちゃって大丈夫なのかと。お話が降ってきた、という感じで、自分がそこに加担しているという意識は希薄だし、加担することが何を意味するのかということも考えていなさそう。想像力が欠落している気がするのだ。