1997年、中国の小さな町で、若い女性の連続殺人事件が起きた。古い国営製鋼所で保安部の警備員をしているユィ・グオウェイ(ドアン・イーホン)は、探偵気分で警察の捜査に首を突っ込む。自ら犯人を捕まえようと奔走するユィは、段々事件にのめりこみ、ある行動を起こす。監督・脚本はドン・ユエ。
 ユィはどこにでもいるような、ごく普通の人だ。「名探偵」と呼ばれてその気になってしまうのは、どこにでもいる人ではなく、特別な何者かになりたいからだろう。この「何者かになりたい」という欲望は何なんだろうなと、しばしば思う。「何者か」という認識自体が状況に左右されるもので曖昧なのだ。周囲から評価されたいということなのか、自分のオンリーワン度合いを確認したいということなのか。グオウェイにとっては、世間から評価されたい、社会から軽く扱われたくないということなのかなと思った。グオウェイの恋人は彼のことを大切に思っているし、弟分も彼を慕っている。しかしそれはプライベートな世界での話で、彼にとっては不十分なのだろう。だからこそ、恋人は彼の行動に深く傷つき取り返しのつかないことになっていく。彼にとって生涯の思い出となっているのは、工場で表彰された記憶の方なのだ。
 この「何者か」になりたいという欲望が、グオウェイを犯人探しに駆り立てるのだが、駆り立てられるあまり、徐々に真相を追求するのではなく、自分が見たいものを見る、読み取りたい物語を勝手に読み取るようになっていく。彼が果たして本当に真相に近づいているのか、はたまた彼の中にだけある物語を繰り出しているのか、段々わからなくなっていくのだ。グオウェイの主観が入ることによる足元の不確かさをもっと味わいたかった気もする。個人的な趣味ではあるが、グオウェイの狂気が世界を飲み込むさまが見て見たくなるのだ。とは言え、そこまで「あちら側」に接近することが出来ないからこそ、彼は普通の人であり「何者か」にはなれないということなんだろうけど。
 中国が経済発展に向けて大きく動く最中の時代を舞台にしており、グオウェイの勤め先である国営工場のような文化は、時代に取り残されていく。そこで働いていた人たち、その周囲に暮らす人たちも同様だ。自身が時代に取り残されていく中で、グオウェイにとっての拠り所が殺人事件捜査であり、それにのめり込むことで「迫りくる嵐」から目を背けようとするかのようだ。最後までどこにも行けない彼の姿が痛切。

薄氷の殺人 [Blu-ray]
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2015-05-20


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2013-05-25