ムア・ラファティ著、茂木健訳
2500人の冷凍睡眠者と人格データを乗せ、地球から遥か遠い星を目指す恒星移民船。目覚めているのは船を管理運行する乗組員6名のみだった。その途中でその6人全員が死亡。クローン再生手続きがされていた為に6人全員が新しい体でよみがえったものの、彼らは地球出発から25年分の記憶を消去されており、船のAIもハッキングされデータには損傷があった。クローン再生機も破壊され、今度死んだら復活はできない。果たして誰が何の為に殺人事件を起こしたのか?
クローン技術が発展し、人間個体の死の重要さがきわめて軽くなった世界が舞台。記憶等のパーソナルデータは常に蓄積され、死んでもクローン躯体にデータを乗せて復活するのが当然なのだ。ちゃんと「殺人」をするには、クローン再生できない環境にしないとならない。この世界設定が殺人事件の謎としっかり噛み合っており、SFとしても本格ミステリとしてもとても面白かった。この設定だからこういう解になる、という筋の通り方。
 登場人物6人それぞれに後ろ暗い秘密があるが、彼らの造形は善人でも悪人でもなく、表情豊か。人間関係、お金、信仰等、抗いがたい要因によってここまで来てしまったのだ。彼らに対して向けられるのは絶対的な力の理論(状況としては非常に悪意に満ちているのに、犯人にはおそらく悪意すらない)なのだが、それでも抗うことを最後までやめない。会話文の翻訳の軽快さが良かった。AIがどんどん「個人」としての特性を強めるのだが、これがラストでまたぐっとくる。

六つの航跡〈上〉 (創元SF文庫)
ムア・ラファティ
東京創元社
2018-10-11


六つの航跡〈下〉 (創元SF文庫)
ムア・ラファティ
東京創元社
2018-10-11