2人の子供を持つアニー・グラハム(トニ・コレット)は老齢の母エレンを亡くした。母に対して複雑な感情を持ちその死を悲しむことが出来ないアニーだが、葬儀はつつがなく終わった。しかしグラハム家に奇妙な出来事が起こり始める。徐々に家族の関係は悪化していくが。監督はアリ・アスター。
 前評でとにかく怖いと聞いていたのだが、ホラーが苦手な私でも大丈夫な程度ではあった。ただ、これはホラーとしての怖さが予想ほどではなかったということであって、別の怖さがしっかりとある。怖さというよりも嫌さという方が近いかもしれない。ミヒャエル・ハネケ監督の諸作に近いものを感じた。ハネケ監督作と『普通の人々』(ロバート・レッドフォード監督)をドッキングしてホラーのフォーマットに押し込んだみたいな、実に嫌、かつ完成度の高い作品だと思う。
 アニーは子供たちを愛してはいるが、その愛を何かが邪魔しがちだ。長男ピーター(アレックス・ウルフ)に対しては自分の母に男児の出産を強要されたという恨みがあり、関係はぎこちない。パニックになった時に「産みたくなかった」と漏らしてしまい、更に関係は悪化する。またチャーリーにはもう少しストレートに愛情を示しているが、彼女を「母(エレン)に差し出した」ことに罪悪感がある。エレンはアニーに対して支配的で、孫の養育にやたらと拘っていた。アニーは自分やピーターへの干渉を避ける為、チャーリーの養育にはエレンを関わらせたのだ。
 アニーと家族との関係の邪魔をしているのがエレンであり、アニーはその存在を愛しつつも恐れている。同時に、アニーは自分が母=エレンのようになったらどうしようという恐怖に苛まれている。エレンの一族には精神を病んだ人が複数おり、エレンもまた晩年は双極性障害を患っていたのだ。自分も自分の親のようになったら、自分が苦しめられたように自分の子供を苦しめるようになったらどうしようという恐怖は、さほど珍しくなくその辺の家庭にあるものではないかと思う。
 一方、ピーターにとっては自分は母親に愛されていないのではないか、憎まれているのではないかという思いが拭えずにいる。過去のとある事件が双方にとってトラウマになっている(そりゃあトラウマになるな!というものなのだが)のだ。子供にとって自分の親に愛されないというのは相当な恐怖ではないかと思う。父親スティーブ(ガブリエル・バーン)は2人の間をとりなそうとするが、あまり上手くいかない。これもまた、さほど珍しくなくその辺の家庭にありそうな状況なのだ(なお明示はされないのだが、ピーターはスティーブの実子ではなくアニーと別の男性の間の子なのかな?という気もする
)。
 オカルト的な、人知の範疇外の怖さは後半に募ってくるが、前半の普通と言えば普通の家庭内の不調和、家族と言えど圧倒的な他人であるという状況の不穏さがただならぬ気迫で迫ってくる。超常的なものが相手だと、人間じゃないならまあ仕方ないな!という諦めがつくのだが、同じ地平にいるのに薄気味悪いというのが何とも言えず嫌なのだ。
 アニーはドールハウス作家なのだが、ドールハウスの拡大がそのままグラハム家の情景にスライドしていく冒頭からして怖い。グラハム一家は何者かにとってコントロールされる駒、おもちゃに過ぎないように見える。アニーはドールハウスで自分史を再現しようとしており、その再現度はちょっとやりすぎなくらいなのだが、箱庭療法的にやらずにはいられないのだろう。

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