第19回東京フィルメックスで鑑賞。シンガポールで建設現場の作業員をしている中国系移民のワンは、不眠に悩んでいた。ある日、移民仲間の友人が失踪する。現場監督は彼は国に帰ったんだと言うが、ワンは不審に思う。一方、地元の刑事がワンを探しに来る。ワンは何日も宿舎に戻っていなかった。監督はヨー・ショウホァ。ロカルノ映画祭で金豹賞を受賞した作品。
 監督はシンガポールで生まれ育ったそうだが、上映終了後のティーチインでシンガポールは夢のような国だと話していた。経済的に急速に発展し、都市の整備が整い富裕層が集まる、と言った「夢のような」ではなく、足元がおぼつかないという意味での夢。シンガポールは海岸の埋め立てによって国土を広げ、都市の風景の変化も激しい為、何だか地に足の着いた気がしない時があると言うのだ。そういう意味での幻の土地、幻土だと。
 作中でもワンが車を運転しながら「ここは~、ここは~」と、どこの国から来た砂で埋め立てられた場所なのか話すシーンがある。シンガポールにいながら他の国の土地にいるとも言える。建築現場で働く人々は殆どが移民、海外からの出稼ぎ民で、祖国ではないこの土地で生活している。しかしその生活も工事が終わるまでのもので、土地に根差したものではない。土地に根差して生活しているという実感のない不確かさが常にある。先日見た『クレイジー・リッチ』はシンガポールの超富裕層の世界が舞台だったが、あの世界を支える底辺が本作に登場するような世界なのか・・・。ワンが熱中するネットゲームもまた、実体がない不確かなものの象徴として登場するのだろうが、これは少々紋切型すぎると思う。他の国の土砂で新しく土地を作るというシチュエーションだけで十分では。
 ワンと刑事は一つの現象の裏表であるように見えてくる。2人が対面する瞬間はカメラには捉えられないし、刑事が追っているのは幻の男であるようにも思えてくるのだ。アントニオ・タブッキの小説でアラン・コルノー監督により映画化もされた『インド夜想曲』を思い出した。どこかリンクしているようでいて平行線のままのようでもある。この部分の調整はいまひとつという印象を受けた。社会派的なリアリズムと幻想との配分バランスがしっくりこない。

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