ニューヨーク市クイーンズ区の北西にある、人口13.2万人の町ジャクソンハイツ。60年代後半から各国の移民が住むようになり、現在では167もの言語が話され、マイノリティが集まる、ニューヨークで最も多様性があると言われる町だ。しかし近年、ブルックリン、マンハッタンの地価上昇により、地下鉄で市の中心部へ30分で出られるという便利さから人気が高まり、再開発が進んでいる。ジャクソンハイツの今を映すドキュメンタリー。監督はフレデリック・ワイズマン。
 再開発によって地価が上昇し、税金、家賃が上がって古くからの住民が退去せざるを得なくなる、空き家が出来て家賃を取れなくなるから家主がやむを得ず物件を手放すところを不動産会社が買いたたくという構図には、大きな波に対する無力さを感じてしまい辛い。市民団体が反対運動をしているが、大資本の前で相当厳しいだろう。ニューヨーク市は再開発に積極的と思われるので、地元の市議会議員が動いても効果が薄いんだろうな・・・。議員は長年地元に尽くした住民(元町長?)の誕生日パーティーに出席したり、レインボーパレードに率先して参加したりと活動的なのだが。ただの「こじゃれた町」になってしまうのかな。本作に登場するのは元々住んでいた人たちなので、転入してくる人たちが何を考え何を求めているのかはわからないが。
 様々な人がいて様々な視点がある。それらが同じ町で暮らしていく為には様々な配慮、随時考えることが必要なんだと随所で知らされる。もちろん面倒くさいことも多いだろう。議員事務所では苦情、相談(と言う名の苦情)の電話が鳴りやまない。でも少しずつすり合わせていくしかないし、この町はそうやって発展してきたのだろう。違う民族の人たちが同じ場に集っているシーンが案外目立たない(~街、みたいに棲み分けがされているっぽい)のだが、それも一つの知恵か。
 トランスジェンダーの人たちのグループワークで、「私たちは道を歩いている時も(他の人たちより)とても注意しなければならない(突発的に暴力を振るわれる機会が多いから)」という言葉が出てきてはっとした(と同時に暗澹たる気分になる。そこまで注意してないとならないのか・・・)。トランスジェンダーの黒人女性が、女の恰好よりも男の恰好をしている時の方が周囲の視線を感じる、でかい黒人男性がいると警戒される、黒人女性はむしろ存在しない扱いに近い、というようなことを口にするのにも。
 ユダヤ教のシナゴーグが公民館のように使われており、ユダヤ教徒だけでなく他の宗教団体、またLGBTの団体も利用できるところが面白い。ユダヤ教徒だけだと経済的に維持が厳しいので、使用料を取って共存しているんだとか。こういう「都合」が関わる所からお互いを許容していくようになるのかもしれない。
 移民に対する様々な講習会、支援団体が出てくる。ある集会で、勤務先の店長が残業代を払わないという相談があるのだが、その店長がどこの国出身かという言葉が出ると、議長がストップをかける。金を払わない人は自分がどこの出身であれ、相手がどこの出身であれ、払いたくないのだ(出自は関係ない)と諭す。これが大事なんだろうな。