鴨長明著、蜂飼耳訳
 歌人として活躍したが50歳で和歌所から出奔した著者による随筆。本著が成立したのは58歳位のころと考えられている。
 日本語が日本語に翻訳されるというのは不思議な気がするが、古典新訳と言われるとそれもそうか。蜂飼による訳は意外とあっさりとしていて読みやすい。原典がそもそもあっさりとした描写なのだろう。訳文と原典、両方収録されている(『方丈記』って短かったんだな・・・)ので、読み比べることが出来て便利。訳者による解説、エッセイも面白い
 火災や飢饉、地震の記述が度々あり、天災が頻発する時代を生きた人だったことがわかる。災害時の建物の潰れ方とか人の死に方とか、意外と生々しい。賀茂川の川辺に死体があふれている様など、さらっと書かれているけど災害の深刻度がわかる。著者はこういった災害に関心があるというよりも、何であれ目の前で起こることを観察してしまう人だったように思った。波乱万丈な人生にも見えるが、文面からはどんな出来事も受けて流す、という感じの諦念が感じられる。加えて仕事の上でも運に恵まれず、不遇の人生だったと言う。天災と不運が合わさってそういった人生を受け入れる諦念の境地に、と読者としては受け取りがちだが、本当は色々執着や諦めきれなさがあったのではないかという訳者の見解が面白い。確かに、本当に諦念の境地にあったらわざわざ文章を残したりはしなさそうな気がする。


方丈記 (岩波文庫)
鴨 長明
岩波書店
1989-05-16