おとなしく特にやりたいこともない少年だった「しょったん」こと瀬川晶司(松田龍平)は、将棋の面白さに目覚め、プロ棋士をめざし奨励会に入会。しかし26歳までに四段昇格できなければ退会という規定のプレッシャーがのしかかり、年齢制限により退会に至る。棋士の道を諦めて、就職して働き始めるが、将棋への思いは捨てられず、再びプロ棋士を目指すべく立ち上がる。原作は瀬川晶司五段の自伝的小説。監督・脚本は豊田利晃。
 豊田監督作品の中では一番安定感があり、まっすぐど真ん中のストレートを投げてくるような作品。静かだが熱い。劇伴は控えめで、駒を置く音が効果的に響く。この音が意外と高く頭に刺さるような感触があり、緊張感を煽る。対局中、瀬川が追い詰められていくにしたがって、周囲の駒を置くパチパチという音や対局相手が扇子で仰ぐ音がどんどんノイズとして彼を責め、飽和状態になっていくように感じた。音の設計が上手いと思う。また、概ね静かなのだが、ここぞというところでじわじわと盛り上げていく、照井利幸によるギター主体の音楽もよかった。
 瀬川は才能はあると作中でも断言されているのだが、勝負弱い。将棋のことはわからなくても、この人はここぞと言う所で踏ん張れないんだなということが、周囲の言葉や反応から何となく伝わるのだ。「瀬川君が負ける相手じゃないよ」と負けた後に言われるのって結構きついんじゃないかな・・・。そして、瀬川の人柄の良さも、彼の言動というよりも周囲の言動から伝わる。彼のアパートに奨励会の仲間がたむろっているシーンは、彼らがくすぶっているにも関わらず、青春ぽさと多幸感を感じた。「負けた時は一人でいたくないでしょう」というのは意外な気もしたけど、そういうものなのかな。落ち込む瀬川を新藤(永山絢斗)がドライブに連れ出す、しかしドライブ先の風景がこれまたひどくわびしくて全然元気にならなそうというエピソードが、何だか胸に染みる。
 周囲の人に恵まれているということが、まわりまわって彼をプロ棋士への道に引き戻す。瀬川が人柄の良さで掴んだ運であり縁だとも言える。瀬川が奨励会を去る冬野(妻夫木聡)に、瀬川さんは(将棋の)指し方がきれいだ、人の良さが将棋に出ているがそれでは生き残れないと言うシーンがある。冬野は瀬川の人の良さは弱点だと考えたわけだし実際にそういう面もあるのだろうが、瀬川はそういうタイプの棋士にも活路があると証明したと言えるだろう。彼の過去から現在に至るまでの人との出会いが集約していくクライマックスは、ベタだなとわかっていてもやはり泣けた。
 主演の松田は得難い存在感がある。また脇役、モブに至るまで、役者が皆いい。今回、いつになく役者の顔にカメラが集中しているように見えた。少し出てくるだけの人も、はっとするような表情を見せる。役者の顔への信頼感が感じられた。そして松たかこが飛び道具的存在になっている。監督の私情が大分入っているのではないだろうか。「おうちの人に若くてきれいな先生だと言って」というくだりには、今時(作中では’80年代だけどそれにしても・・・)それはないわーと思ったけど。


ナイン・ソウルズ [DVD]
原田芳雄
ポニーキャニオン
2004-01-21