ウィリアム・フォークナー著、高橋正雄訳
アメリカ南部の名門コンプソン家。当主のジェイソンは酒に溺れ、妻キャロラインは夫に不満を持っている。長男クェンティン、長女キャンダシー、二男ジェイソン四世、三男ベンジャミンと彼らに使える黒人一家の生活の変化を描く。
1910年パートと1928年パートがある。各章の主人公が異なるが、第一章、知的障害があるベンジャミンのパートは彼の主観が非常に強く、彼が今現在見聞きしているものと過去の記憶とが頻繁に行き来し混じり合う。この章が一番読みにくい。ベンジャミンの知覚に振り回されてしまうのだ。クェンティンの章、ジェイソンの章と進むうちに、客観性が強くなり主人公の感覚、記憶の入り混じった表現は減っていく。クェンティンは内省的な人物だが、ジェイソンは現実的で内面人物。2人の性格の違いが文章にも表れているのだ。コンプソン家の両親は過去のものとなりつつありつつある南部の伝統的な世界の中で生き、自分達が没落していくことを直視しようとしない。クェンティンとキャンダシーはそれぞれ異なるやりかたで伝統や因習にあらがっているように見えるが、結局は因習に絡め取られ自由にはなれない。最も時代に即し没落を自覚しているジェイソンは、家族が抱える伝統・因習に足を引っ張られる。家族を憎みつつも見捨てられないジェイソンの不自由さは最も現代に近いかもしれない。著者の『八月の光』では「放蕩娘」を父親が追い出し、父親は娘の間違いを許さない、一方母親はそれでも一緒に暮らし続けるというような記述があったが、本作のシチュエーションは逆。母親のプライドは娘の奔放さを決して許さないのだ。


響きと怒り (講談社文芸文庫)
ウィリアム・フォークナー
講談社
1997-07-10


エミリーに薔薇を (福武文庫―海外文学シリーズ)
ウィリアム フォークナー
福武書店
1988-05