ウィリアム・フォークナー著、黒原敏行訳
 お腹の子供の父親を追って旅するリーナ、当所もなくさまようクリスマス、支離滅裂な言動により辞職を求められた牧師ハイタワー、リーナに一目惚れし彼女を気に掛けるバイロン。アメリカ南部の町ジェファーソンに辿りついた人々の運命は、ある事件へと集約されていく。
 難解だと定評のあるフォークナーだが、この度新訳がリリースされたので思い切って読んでみた。こまめに付けられた注釈が、読み進める為の補助線になっている。本作、時間の流れ、時制の切り替えが曖昧でかなりわかりにくいので、そこを指摘してもらえるだけでも大分楽。これから読む人には迷わず光文社古典新訳文庫をお勧めする。
 黒人の血が流れていると噂されるクリスマスは、その噂を否定することなくむしろ自ら噂を広めるかのような振舞をする。当時のアメリカ南部でそれをやることは、自らの死に繋がりかねない。クリスマスが噂を否定しないのは、自分の出生に誇りをもっているというわけではなく、緩慢な自殺のように見える。一方で、黒人の血が流れていることを一つのスティグマのように捉え、武器として使っているようにも思える。クリスマスという名はキリストとの関連を示唆するが、彼は何かを救う為に犠牲になるわけではない。スケープゴード的な立ち位置ではあるが、それにより何かがなされるわけではないのだ。彼のアイデンティティは大分屈折しており、特に女性に対してその屈折が如実に現れる。
 女性との関係で言うと、ハイタワーは妻に実質逃げられているし、バイロンは童貞。女性への憎悪や軽蔑、偏見(本作が書かれた当時はそれが「普通」ってことだったんだろうけど)がちょっとしたところに滲んでいるのでなかなか鬱陶しい。クリスマスやハイタワーの造形と比べると、リーナの造形はテンプレの「母」「女」的で陰影がない。
 クリスマスとハイタワー、屈折した2人の生い立ちを序盤と終盤に配置すること、そしてリーナの旅が冒頭と終盤に配置されたことで、円環構造のような趣を見せる。シチュエーションとしては旅立ちだが、果たして旅立てているのだろうかと不安になる。また本作、南北戦争の禍根がハイタワーの生い立ちとそこから生まれる妄想等に見え隠れしているのだが、終盤に登場する若者たちには現代に通じるものを感じぞわぞわした。物事をあまりに単純に見ており、独善的。いつの時代もこういう人たちがいたのか。


八月の光 (光文社古典新訳文庫)
ウィリアム フォークナー
光文社
2018-05-09