母ネウスを病気で亡くしたフリダは、バルセロナからカタルーニャの田舎の家に引っ越し、叔父一家と暮らし始める。叔父夫婦も幼い従妹アナも彼女をやさしく迎えるが、お互いすぐにはなじめずにいた。監督・脚本はカルラ・シモン。
 子供の視点、子供の世界を実によく再現しており、さらに子供の姿を通して彼女の家族に何があったのか、彼女に何が起きたのかをさりげなく提示していく周到さに唸った。フリダがごっこ遊びで「母親」の役をやる時の振る舞いは胸を刺す。これは、フリダも辛いけどネウスも相当辛いよなと。公園で遊んでいた子供の母親の態度はショッキングだが、そういう時代だったのだ(今もとっさに同じような行動をしてしまうかもしれない)。
 子供は大人の世界で何が起きているのか具体的にわかるわけではないが、異変は察知する。大人たちがフリダの処遇を話し合う場に彼女もいるのだが、自分のことが話し合われているのに当の自分には話の内容が説明されない。フリダの所在なさと、大人に対する何をやっているんだこの人たちはみたいなまなざしが際立っていた。また、フリダは母親の死について大人に尋ねないし、自分の気持ちを話すわけでもない。自分の中に疑問や不安が渦巻いていても、それを表現する言葉を彼女はまだ持っていないように見える。彼女は時に大人から見たら不可解な行動をとるが、なぜそういう行動をとったのか説明することはできない。だから大人との関係はもどかしく、時に双方イラついてしまう。
 アナにいじわるをしてしまうのも、祖母のプレゼントに対して駄々をこねるのも、自分の中にあるもやもやを吐き出すためなのかもしれないが、大人にはそれはわからないし、わかったとしても具体的になにか出来るわけではないだろう。フリダが自分でそのもやもやを外に出す回路と方法を見つけていくしかない。彼女は終盤、その回路と方法に辿りつくが、このシーンは特にドラマティックに演出されているわけでもないがはっとさせられる素晴らしいものだった。彼女の中での時間が、ようやく追いついたと実感できるのだ。
 そんなフリダの側に居続ける叔父夫婦も素晴らしい。まだ若く、自分の子供はフリダよりも幼いから育児の経験値豊富というわけでもない。大人は大人で手さぐりをし続けているし必死なのだ。2人の子供に対する(そしておそらく死んだネウスに対する)誠実さと責任感がわかる。べったりとではなく、側に居続けることがフリダにとっての安心感につながり、彼女から感情表現を引き出すのだ。

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