内田洋子著
 ヴェネツィアのある古書店の棚揃えに感心した著者が店主に修行先を訪ねると、代々本の行商人だったという意外な答えが返ってきた。トスカーナ州のモンテレッジォという山村では、村人たちは何世紀にもわたって、本を担いで行商に回り、生計を立ててきたのだという。この話に強く惹かれた著者はモンテレッジォ村に向かい、村と行商人たちの歴史を辿り始める。
 村民の多くが本の行商をしている山村、というと何だか小説の設定のようなのだが、実際にそういう村があり、毎年ブックフェスティバルも開催されているのだと言う。モンテレッジォは非常に過疎化した村なのだが、その時期だけは帰省者で人口が増えるのだとか。村出身者の強い郷土愛と、本の行商人たちの村であるということへの誇りが感じられるエピソードがたくさん。本好きの人が多かったから本の行商が始まったというわけではなく、山村ゆえに売れる農産物などもなく、出稼ぎの当てもなくなった時に苦肉の策で日本で言うところのお札みたいなものを売り始めたのがきっかけなんだとか。苦肉の策の商売が、書店は敷居が高くて入りにくいという庶民のニーズに段々沿うようになっていき、やがて文字=知識を運ぶことへの誇りと使命へとつながっていく。読書家ではないが売れ筋がわかる、質の良さをジャッジできるという商売人としての目が培われていくという所が面白い。また、当時の庶民層が意外と読書意欲が強かった(地域差はかなりあったようだが)というのも意外。専門的な歴史研究書というわけではないが、読み物として面白いし、物体としての本が好きな人にはぐっとくると思う。