ラーナー・ダスグプタ著、西田英恵訳
 ブルガリアの首都ソフィアでうらぶれたアパートに暮らす盲目の老人ウルリッヒは、貧しく、家族も親族もいない。ご近所の厚意に助けられて暮らしている彼は、自分の子供の頃からの記憶をひもといていく。一方、ブルガリアの田舎町に生まれた少年ボリスは幼い頃に両親を亡くすが、音楽の才能を開花させていく。更にグルジアの首都トビリシで豊かな家に生まれたハトゥナとイラクリ姉弟は、共産主義の崩壊と共に没落の一途をたどる。
 第一楽章「人生」ではウルリッヒの、第二楽章「白昼夢」ではボリスとハトゥナ、イラクリの人生が描かれる。第一楽章と第二楽章は語り口のテイストやリアリティラインが微妙に異なり、なぜ一見ウルリッヒとは関係なさそうな人たちの話を?と思うかもしれない。しかし第二楽章は第一楽章の変奏、つまりウルリッヒの人生の変奏曲なのだ。第一楽章を読む限りでは、ウルリッヒの人生は何者にもなれなかった、全て徒労に終わったようなものと捉えられるかもしれない。ウルリッヒ自身も、そう思ってきただろう。しかし、彼の内的世界の豊かさは別の物語を作り上げる。それは決して徒労ではないし、みじめな行為ではない。自分の人生を受け入れる為の作業なのだ。第一楽章での様々な局面、要素が第二楽章に織り込まれており、ボリスもハトゥナもイラクリも、あったかもしれないウルリッヒの人生の一部だ。人間はなぜ物語を必要とするのか、物語の効用とはどんなものなのかを体現する作品だと思う。
 読み終わると、題名『ソロ』正にその通りの内容なのだと納得するだろう。また各楽章内の章タイトルは、メイン登場人物の属性や指向を象徴するのだろうが、時に彼らの人生との矛盾を感じさせ切なくもある。なお、功利と精神性を理解しない物質主義を体現したようなハトゥナの造形が、少々ミソジニーを感じさせるものなのは気になった。

ソロ (エクス・リブリス)
ラーナー・ダスグプタ
白水社
2017-12-23



東京へ飛ばない夜
ラーナ ダスグプタ
武田ランダムハウスジャパン
2009-03-12