アメリカ黒人文学を代表する作家、ジョームズ・ボールドウィン。彼が残した文章を元に、1960年代から現代にいたるまでのアメリカの人種差別と暗殺の歴史に迫る。監督はラウル・ペック。
 作中にはボールドウィン本人が語っている映像も多数使われているのだが、(文学者だから当然と言えば当然なのだが)トークの言葉にも非常に力がある。話している時の立ち居振る舞いも含め、魅力のある人だったことがわかる。スピーチの巧みさでは、盟友であった公民権運動のリーダー、マドガー・エヴァースやマルコムX、キング牧師には及ばないのだろうが、強靭な知性を感じる。
 公民権運動真っ只中の1960年代から、現代に至るまでの報道、トークショー、また映画の映像等を繋ぎ合わせたドキュメンタリー。アメリカにおける黒人差別はどういうものなのか、どういう歴史があるのかを提示するが、60年代と現代とが交互に配置されていることで、人種差別の構造があまり変わっていないことがわかってくる。もちろん法律上の整備は各段に進んだし、現代の方が目に見える差別は減っている(はず)だろう。しかし、人間が他の人間を差別する時の構造は根強くある。なぜ差別をするのか、自分たちより下位とされる存在をねつ造してしまうのか、ボールドウィンの言葉は鋭く突いてくる。言葉の古びなさはびっくりするくらいだ。ボールドウィンの文学が普遍性を持つということと同時に、彼が指摘した問題がいまだ現役であるということなので、少々複雑ではあるが。
 作中、あるトークショーの中で、大学教授がボールドウィンの著作・主張に対して反論をする。人間は個々で異なり、人種はその内の要素の一つではない、私は無知な白人よりも教養ある黒人に共感する、人種間問題に拘りすぎだと。これに対するボールドウィンの返事は痛烈かつ切実なものだ。この教授の反論は、人種差別だけでなく様々な差別に対して言われがちなものだと思うのだが、彼の言葉は当事者にとっては全く的外れだろう。当事者にとって差別は今ここにある危機、生命を脅かすようなものであって、見方の問題とかそういうことではない。おそらくボールドウィンらも何度となく、「そういうことじゃないんだよ!」と叫びたくなったのだろう。

地図になかった世界 (エクス・リブリス)
エドワード P ジョーンズ
白水社
2011-12-21


To Pimp a Butterfly
Kendrick Lamar
Aftermath
2015-03-24