広告業界で成功し、独立した女性として何不自由ない老後を送るハリエット・ローラー(シャーリー・マクレーン)は、自身の訃報記事を生前に用意することを思いつく。地元の新聞社の訃報欄担当ライター、アン・シャーマン(アマンダ・セイフライド)に執筆を依頼するが、希望通りの記事が上がってこない。腹を立てるハリエットに対し、アンは「問題なのは記事じゃなくてあなた」と言い放つ。どの取材相手もハリエットのことをよく言わなかったのだ。ハリエットは最高の訃報記事を作るべく、尊敬される人物像を目指すが。監督はマーク・ペリントン。
 ハリエットの「旅立ち」を綴る、つまり訃報を意味する邦題なのかと思っていたら、それだけではなかった。ちょっとダサい邦題だなーと思っていたけど、二重の意味になっていると言う点では納得。最初はハリエットが自分を変えようとする話なのかと思っていたら、むしろ大きく変化し人生の「旅立ち」を果たすのはアンなのだ。
 ハリエットは長年一人でやってきた、実際自分で何でもよくできて他人を必要としていない(ように見える)人だということが冒頭でざーっとわかってくる。何でもよくできて過不足ないが故に、彼女は人生に飽き飽きしており生きる意欲も無くしているのだ。しかし、最高の訃報を目指して奮闘するうちに、ハリエットの様子が変わってくる。ただ、これは彼女が変化したということではなく、彼女が元々持っていた愉快な部分、チャーミングな部分が再び表出してきたということなのだ。変化というより思いだしに近い。安易に人間はいくつになっても変われる!というのではなく、コメディタッチにではあるが、過去は変えられないし、人の本質はそうそう変わらないというほろ苦さも描いていると思う。
 一方でアンは文筆家としての夢を持ちつつも、現状に甘んじ宙ぶらりんな状態に見える。過去の出来事から変化や失敗を恐れる彼女の背中を、ハリエットの大胆さや自由さが押していくのだ。ハリエットはとにかく有能な人ではあるが、失敗しても嫌われても大丈夫!前進できる!というお手本でもある。ハリエットとアンは全く似た所がないのだが、ぶつくさいいつつも両輪として事態を打開していく、バディムービーのようなロードムービーのような(結構移動するのだ)味わいがいい。
 ハリエットは訃報に使うエピソード作りの為、施設で暮らす少女の面倒を見ることになるのだが、この少女の口の悪さとユーモアが作品のアクセントになっていた。彼女は自分に父親がいないことについて「パパが(施設に迎えに)来ないのは最悪だけど私は最高!」と断言する。そしてかつて母親が家を出て行ったことに傷ついているアンに対して「ママがいないのは最悪だよね、でもあんたは最高だよ!」と断言する。人生、最悪なことはまま起きるが、そのことによってあなたが最悪な存在になるわけではない、そこに責任を感じる必要はないのだ。

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2018-03-20