ジム・トンプスン著、高山真由美訳
 アルコール依存症専門療養所「エル・ヘルソ」の経営者であり主治医のドクター・マーフィーは、患資金難で八方ふさがりだった。患者は双子の映画界の重鎮や脚本家、元女優や元軍人などアクの強い人たちばかりだが、アルコールと縁が切れそうな人はいない。皆何かにつけてアルコールをちょろまかしていく。最近入院した裕福な患者の親族から資金を引き出せなければ、療養所は閉鎖するしかない。
 冒頭でいきなり入水自殺しようとする(が、やめる)ことからもわかるように、マーフィーはかなり追い詰められている。経営者としても医者としてもこの危機を抜け出せるほどには敏腕ではない、かといって経済的理由だからと割り切って施設を閉鎖するには使命感がありすぎる。マーフィーには父親のアルコール依存症で苦しんだ過去があり、それが彼をこの仕事に縛り付けているのだ。マーフィー、看護師たち、患者たちと章ごとに視点は変わる。読んでいると視点がどこへ向かっているのかわからなくなるような酩酊感があり、皆堂々巡りを続けているようで明確な答えや出口は見えず、段々混沌としてくる。そもそも患者たちは治りたいとも療養所から出たいとも思っていないし、マーフィーも本当はこの世界を壊したくないのではとも思えてくる。最後の方は地獄と紙一重のユートピアのように思えてくるのが不思議。

ドクター・マーフィー
ジム・トンプスン
文遊社
2017-11-01


おれの中の殺し屋 (扶桑社ミステリー)
ジム・トンプスン
扶桑社
2005-05-01