1964年、美術評論家のアメリカ人ジェームズ・ロード(アーミー・ハマー)は著名な彫刻家ジャコメッティ(ジェフリー・ラッシュ)にモデルを依頼された。ロードは喜んで引き受けるものの、2,3日と思われた制作期間は延々と伸び続ける。監督はスタンリー・トゥッチ。
 トゥッチは俳優としてはもちろん味が合って良いけど、監督としてもいける!コンパクトにまとめられたなかなかの佳作だった。芸術家の苦悩を描くというと重苦しいイメージを持たれがちだが、本作は予想外に軽やか。もちろんジャコメッティは真剣に悩んでいるしロードはなかなか帰国できずに疲労困憊していくが、どこかユーモアがある。評論家故か、ロードの視線が一歩引いたもので俯瞰性があるのだ。ジャコメッティはモデルをするロードに、冷酷そうな顔だ人殺しっぽい云々と結構ひどいことを言うのだが、ロードは「それはどうも」と流す。ジャコメッティとしてはけなしているつもりはない、おそらく(失礼には違いないが)彼流のユーモアであるということを汲んでいるのだろう。また延々と伸びる拘束期間に困りつつも、状況の奇妙さを面白がっているように見える。演じるハマーの戸惑い顔、困り顔に妙なおかしみがあり、適役なのも大きい。
 ジャコメッティには妻がいるが愛人がおおっぴらにアトリエに出入りしていたり、妻もジャコメッティの友人でモデルを務めた矢内原伊作と関係があったりと、周囲の人間関係は結構混沌としている。当人たちはそれほど気にしていないけどこれって面白いよな、という客観的なツッコミ目線をロードが担っているのだ。このツッコミ感のおかげで、泥沼状態もさほど陰湿に見えない。よく考えると、愛人にはぽんと車を買ってやるのに妻には何も買ってやらない(コート1着しか持っていないと言ってたし)し自宅も荒れたまま放置しているジャコメッティは夫としては大分ひどいんだけど。
 ジャコメッティの制作がいつまでも終わらないのは、対象と自分、自分と自分との対面に集中してしまい回答が見えないからだろう。愛人の存在、またそれによる家庭内の混乱は、自分にコントロールできない要素を招き入れようとする行動にも思える。自分の外からやってくるものが必要なのだ。終盤、ロードが試みる奇策があっさりと成功するのは、それがジャコメッティの「外」からの視線だからだ。そんなことでよかったの?!と呆気にとられるが、そんなもんだよなー!とも。褒めるのって大事・・・。
 なお、ジャコメッティのアトリエの再現度は相当高いと思う。以前、写真家アンリ・カルティエ・ブレッソンが撮影したアトリエのジャコメッティの肖像と、撮影当時を記した随筆を読んだことがあるのだが、やっぱり寒くて湿っぽかったようなので、本作の印象に近いのでは。

ジャコメッティの肖像
ジェイムズ ロード
みすず書房
2003-08-23


ジャコメッティ
矢内 原伊作
みすず書房
1996-04-20