ローレン・グロフ著、光野多惠子訳
 劇的な出会いにより一目でお互い恋に落ち、スピード結婚したロットとマチルド。売れない俳優のロットをマチルドは支え続け、やがてロットは劇作家として大成功する。2人の恋と結婚は運命、のはずだった。
 結構な長さなのだがリーダビリティが高く、一気に読んだ。本作はいわば前半戦=運命、後半戦=復讐にわかれた構成で、裏表のような関係にある。ロットは自分とマチルドの関係は運命的なものと信じており、彼女は聖女のように純真で献身的だと言う。しかしこれはあくまでロット側の意見。ロットの思い込みの強さと天然の人の良さ、愛されることに慣れている人特有のある種の無神経さが、彼のマチルド像を作り上げている。前半、マチルドは理想的な妻として家庭をきりもりし、パーティー客をもてなし、ロットを励まし続け彼とのセックスにも没頭する。しかし、その為に彼女が払った努力や犠牲には、ロットは本当には気付かないし無頓着だ。中盤、彼が女性を賛美するつもりで典型的な女性蔑視に繋がるスピーチをする。彼はマチルドを深く愛し続けるが、そういう部分は刷新されないままなのだ。ではマチルドは実際のところどういう女性なのか、というのが後半で、誰に対する「復讐」なのかも明らかになっていく。
 夫婦は所詮他人で、相手について知っている部分などごくわずかなのかもしれないと本作は迫ってくる。そして、そういう状況であっても愛は成立していると言えるのか、いや成立しているはずだというゆらぎが特に後半では前面に出てくる。言葉で具体的に嘘をつくだけでなく、真実を話さないことも嘘になるのかもしれないが、それは不誠実とはまた別のものだ。誠実だからこそ話さないということもある。相手の強さを正確に計測した結果とも言えるのだ。耐えられない事実よりは嘘や沈黙の方がいい場合もあるのでは。
 しかし本作のような設定の場合、あれこれ画策するのは大抵女性の方な気がするのはなぜだろう。