教師だったホラシア(チャロ・サントス・コンシオ)は、冤罪で投獄され30年になる。しかしある日、受刑者仲間のペトラがホラシアが犯人とされた殺人事件の真犯人だと告白。ホラシアに罪を着せたのは、ホラシアのかつての恋人・ロドリゴだと言う。ペトラは真相を告白した後、自殺してしまった。ホラシアは釈放され娘と再会するものの、夫は既に亡くなり、息子は失踪。ホラシアは復讐の為ロドリゴを追う。監督はラヴ・ディアス。原作はレフ・トルストイの短編小説『God Sees the Truth, But Waits(神は真実を見給ふ、されで待ち給ふ)』。
 228分という長尺だが、ディアス監督の作品の中では比較的短い方だそうだ。いくらなんでも長すぎるのではと思ったが、見ている間は不思議とさほど長さを感じない(肉体的にはじわじわ堪えてくるけど・・・)。むしろホラシアの旅路が2時間で収まるはずがない、じわじわと迂回しつつ進むのが妥当ではないかと思えてくる。時間の経過を体感することが、この作品においては非常に重要なのだと思う。
 本作の物語は王道メロドラマ、復讐譚だが、ホラシアは復讐の手前で躊躇し続けているように見える。物理的な旅はロドリゴを発見した時点で終わっているわけだが、彼女の心の変遷、精神的な旅路はまだ終わらない。実際にはロドリゴをロックオンして住家を手に入れ現地での商売も始め、更に情報源を確保してと着々と準備を進めていく。釈放された後の自宅の処分や管理人へのケアでもわかるのだが、ホラシアは行動力はあるし実務能力が高い人(しかも体術の心得もある)なのだ。彼女の立ち居振る舞いには、身一つで生きてきた人のかっこよさがある。
 しかしロドリゴへの一撃は遅々として始まらない。むしろ、彼女がその過程で接する人たちとのやりとりの方が豊かなドラマを見せてくる。卵売り、ホームレスの女性、食堂を任されている女性ら、どの人たちもそれぞれ訳有りっぽく、個々のドラマを背負っているであろう存在感がある。特にトランスジェンダーのオランドとの交流は、女友達同士のようでもあり親子のようでもあり、強い印象を残す。
 彼・彼女ら脇役が、ホラシアのドラマを復讐譚から徐々にずらして別の線路に乗せていくように見えた。それこそが、ホラシアの旅路だったのだろう。ある種の「行きて帰りし」物語であるようにも思える。特定の場所に帰るというよりも、自分の心の置き場が決まったという意味での帰郷。さまよい続けているのはむしろロドリゴの方だろう。神父とのやり取りからも垣間見られるが、彼の魂は休まる時がないのだ。

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