強盗を生業とするピエール(ニールス・シュネデール)の元に、長年音信不通だった父が死んだという知らせが入る。アントワープのダイヤモンド商家の二男だった父は、ダイヤの研磨中に事故で指を失い、家族からも見放された。無理に研磨を強いたせいだと父親の境遇を恨むピエールは、伯父ジョセフ一家への復讐と、ダイヤの強奪を計画する。監督はアルチュール・アラリ。
 60~70年代の犯罪映画のような、どこか憂いを帯び、かつ泥臭い雰囲気がある。瞳のアップのけれん味など、昔の犯罪映画っぽいなぁと思った。映像の質感も、ややざらっとした手ざわりで陰影が深く見えるように意図しているよう見える。撮影は監督の実兄トム・アラリなのだが、この人は『女っ気なし』『やさしい人』(ギョーム・ブラック監督)の撮影をしていたのか・・・(本作の前に見た『あさがくるまえに』でも撮影を手掛けていたので、2作続けてアラリ撮影作を見たことになる)。質感は確かに似ているかもしれない。クリアにしすぎない、きれいすぎないさじ加減がちょうどよかった。
 犯罪映画、ミステリとしての側面と並行して、父親と息子という古典的なテーマが一貫して流れている。ピエールの実の父は彼が15歳の頃に失踪しており、実際の所、彼は父親との具体的な関係を築けないまま成長したと言えるだろう。彼は父親の敵討ちのつもりでいるかもしれないが、それは必ずしも根拠のあるものではない。彼の父親的存在として振舞うのは、強盗団のボス・ラシッド(アブデル・アフェド・ベノトマン)。彼とは使うものと使われるもの、教師と教え子という関係ではあるが、ラシッドはピエールのことを相当気に入っているらしく、ピエールもラシッドに懐いていて親子のような親密さを見せる。また、ダイヤモンドのベテラン研磨士リック(ジョス・フェルビスト)はピエールに研磨士としての才能を見出し、彼に自分の技術を伝授する。彼もまた、父親的な存在と言えるだろう。そしてジョセフは倒すべき父とも言えるのだが、ピエールが変化するにつれジョセフもまた変化していく。
 複数の父親的存在は、ピエールが所属する複数の世界それぞれを象徴するものだ。ピエールが立ち位置を変えていくにつれ、其々の父親的存在がピエールにとって占めるウェイトが変化していく。ピエールは最終的にどの父親の世界を選ぶのか。関わりが時間的にも社会的な関係としても一番薄いはずの人物が、ピエールにとっても最も重要な決断を促す、「良き父」として表れるというところが大変面白かった。この人物とピエールは、社会的にはいわゆる深い関係ではない。しかし、何を美しいと思うか、人生において何が大切なのかという深い部分での共感があるのだ。



ハムレット (新潮文庫)
ウィリアム シェイクスピア
新潮社
1967-09-27