ジェイムズ・リー・バンクス著、濱野大道訳
 イギリス湖水地方で600年以上続く羊飼い一族に生まれ、。オックスフォード大学を卒業後、家業を継いだ著者。1年を通した羊飼いの仕事、伝統的な飼育法と現代のテクノロジーとの兼ね合い、そして湖水地方の四季を語る1冊。
 湖水地方というと美しい自然、伝統的な生活というイメージで見てしまう。でも現地で実際に「伝統的な生活」をしている人からすると、外野が何自然保護とか言ってるんだよ!って話なんだよなぁ。著者の言葉からは、代々の住民の暮らしの場としての湖水地方と、ツーリストにとっての湖水地方のギャップが見えてくる。そこで暮らす人にとっての自然保護と、国や自然保護団体にとっての自然保護は必ずしも一致しないのだ。ツーリストたちが湖水地方を自分たちが発見したもののように扱うのは、元々住んでいる人にとってはやはり奇妙なものだろう。
 著者は幼い頃から羊飼いになるつもりで、学校も途中でドロップアウトした。しかし祖父の引退により父親との関係がぎくしゃくしはじめたことがきっかけで、文学の世界に興味を持ち、オックスフォード大学に進学(学校への不適応や文字を書くことの困難さへの言及からすると、多少発達障害的な部分のある人なのかなという気もする)したという紆余曲折のあるキャリアを経ている。本作、羊飼いの仕事や湖水地方の自然の描写はもちろん面白いのだが、著者と祖父、父親との関係を追う、ビルドゥクスロマンとしての側面もある。祖父という絶対的な親愛と尊敬の対象がいたことで、父親との関係が更に拗れていくのがわかるし、著者本人にもその自覚がある。文学という(家族とは共有しない)自分の世界が出来たこと、進学により一旦家業と距離を置いたことで関係が修復されていくというのは、親子関係のあり方として何かわかる気がする。どこかの時点で自分の核を作るスペースが必要なんだろうなと。

羊飼いの暮らし イギリス湖水地方の四季
ジェイムズ リーバンクス
早川書房
2017-01-24