トルストイ著、藤沼貴訳
 フランスから帰国した後莫大な遺産を相続する貴族のピエール、その親友の士官アンドレイ、アンドレイの妹で傲慢な父親に尽くし敬虔なキリスト教徒のマリア、ロストフ伯爵の長男で少々頼りないニコライ、その妹で美しく奔放なナターシャ、ニコライとソーニャの従弟でニコライを深く愛するソーニャ。貴族階級の若者たちを中心とした大勢の登場人物が、ナポレオンによるロシア侵攻とその失敗という歴史上の出来事を背景に、1805年から1813年にかけて繰り広げる大河ドラマ。岩波文庫版で読んだ(岩波版は全6巻で訳者のコラムが途中に挿入されている所が特徴)。
 言わずと知れたトルストイの大長編小説。とにかく長いというイメージがあり今まで手に取るのをためらっていたのだが、思い切って読み始めてみた。予想外だったのは、いわゆるドラマとしての小説以外の部分がかなり多いということ。本作、ピエールらを中心とした人間ドラマであるのはもちろんなのだが、ナポレオンら実在の人物たちによる史実を元にした歴史ドラマパートがあり、更にトルストイの「俺史観」的なものが相当な熱量で展開されているのだ。訳者の解説によると本当はもっと「俺史観」パートが多かったところ、家族や友人の反対により削ったのだとか。家族と友人、反対してくれてありがとう・・・もっと強く言ってくれても良かったのよ・・・。歴史を動かすのは特定の重要人物(それこそナポレオンのような)の動向ではなく、突出した人物はあくまでパーツの一つ、人民個々の動きの呼応から生じる流れの総体が歴史なのだというトルストイの歴史観は当時は斬新だったのかもしれないが、今読むと特に面白みがあるものではないので、大変申し訳ないが所々読み飛ばさせて頂きました。
 とは言え、リーダビリティは意外と高い。ピエールらによる大河ドラマ部分はそれこそ連ドラのように引きが強く、ドラマティックな要素をどんどん盛ってくる。そこそこ下世話なメロドラマとしてつい先へ先へと読んでしまう。当時のロシアの貴族階級の生活が垣間見えるという面白さもあるのだが、人間の心性は100年、200年程度だと大して変わらないという事実を目の当たりにした感がある(それを捉えて如何なく表現したトルストイがすごいということなのだろうが)。登場人物の誰もが立派になりきることもできず、かといって邪悪というわけではなく、ほどほどに情けなく頼りなく、それでも成長していく。人間の一様でなさ、一人の人間の中に起こる変化を長いスパンで見ていくことが出来る。それにしてもトルストイ、人の欠点の設定の仕方が上手い!善人でもつい意地悪さが出てしまう所や、外見上の残念さの表現が丹念で底意地が悪いなぁと思った。

戦争と平和〈1〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-01-17

戦争と平和〈2〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-02-16

戦争と平和〈3〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-03-16

戦争と平和〈4〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-05-16

戦争と平和〈5〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-07-14

戦争と平和〈6〉 (岩波文庫)
トルストイ
岩波書店
2006-09-15